うにして、室内の什器《じゅうき》を一つ一つ見ていった。その間に、白木の撃ちだす銃声が、しきりに私の心臓に響いた。
「あっ、これかな……」
私は、思わずそう叫んだ。暖炉《だんろ》の上においてある音叉をとりあげた。それは非常に振動数の高いもので、ガーンと叩いても、殆んど振動音の聴えぬ程度のものだった。しかしその音叉にも別に異状はなかった。
「これも駄目か。が――、待てよ」
そのとき私は、メントール侯が、いつも音叉《おんさ》をもちあるいて、相手に歌をうたわせながら、音叉をぴーんと弾《ひ》いて耳を傾《かたむ》けていたことを思い出した。と同時に、私は一種の霊感《れいかん》ともいうべきものを感じて、再び蓄音機の傍によって音盤《レコード》をかけてみたのであった。
蓄音機は再び美しいメロディーを奏《かな》ではじめた。――私は、その傍《そば》へ音叉を持っていって、ぴーんと弾いてみた。蓄音機から出てくる音楽と、音叉から出る正しい振動数の音とが互《たがい》に干渉《かんしょう》し合って、また別に第三の音――一|種《しゅ》異様《いよう》な唸《うな》る音が聴えはじめたのであった。が、それはまだ成功とはいえなかったけれど、白木の奮戦《ふんせん》に護《まも》られながら、これをくりかえしていくうちに、私は遂《つい》に凱歌《がいか》をあげたのであった。「海を越えて」の音盤!
その音盤をかけながら、音叉をぴーんと弾くと、音楽以外に顕著《けんちょ》な信号音が、或る間隔《かんかく》をもって、かーんと飛び出してくるのであった。音叉を停めれば、それは消え、音叉をかければ、その音盤が廻っているかぎり、かーんかーんという音は響く。これこそ、時限《じげん》暗号というもので、音と音との間隔が、暗号数字になっているのであった。私は白木の傍へとんでいって、手短《てみじ》かにこれを報告した。
「そうか、遂に発見されたか。うん、そいつは素晴らしい。それでこそ、日本人の名をあげることが出来るぞ。じゃそれを持って、早速《さっそく》ずらかろう」
「大丈夫か、外から狙っている奴等の包囲陣《ほういじん》を突破することは……」
「なあに、突破しようと思えば、いつでも突破できるのだ。只、君が仕事の終るのを待っていただけだ。かねて逃げ路の研究もしておいたから、安心しろ」
私は白木のことばを聞いて、大安心をした。そして早速《さっそく》宝物の音盤と、謎を解く音叉を、紙に包んだ。
「さあ、こっちへ来い」
白木は、にっこり笑いながら、悠容《ゆうよう》とせまらない態度でいった。そして私の腕をひったてると、隠《かく》し扉《ドア》を開いて、さあ先に入れと、合図《あいず》をした。
危地突破《きちとっぱ》については、日頃からの白木の腕前を絶対に信頼していいであろう。今度もわれわれの勝利である。
底本:「海野十三全集 第7巻 地球要塞」三一書房
1990(平2)年4月30日初版発行
初出:「講談雑誌」
1942(昭和17)年1月号
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2003年3月23日作成
2003年5月11日修正
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