底本では「底」と誤植]《てい》の颯爽《さっそう》たる首領ぶりだった。
「中へ踏み込む人員は、おれと碇と、それから豹太、沙朗、八万の五名だ。あとの者は、手筈《てはず》に従って外に散らばって油断なく見張っていろ」
 中へ踏みこむことを指名された部下たちは得意満面、にやりと笑った。
 表と裏とから二手に分れて入った。烏啼の眼の前には戸締りなんか無いも同然だ。
「ばあやをひっくくって、押入の中へ入れちまいました、そのほかに誰も居りません」
「そうか。じゃあ金庫部屋へ踏みこめ」
 袋猫々の書斎に、その秘密金庫はあった。見事な壁掛をはずすと、その下に金庫の扉が見えていた。
 しかしこれが仲々明かないのであった。
 烏啼は金庫破りの三名人の豹太、沙朗、八万に命じて、この仕事に掛からせた。
 だがさすがの名人たちも、一時間たち、二時間たったがどうすることも出来なかった。
「爆破しますか」
 碇健二が、しびれを切らせていった。
「そういう不作法なことは、おれは嫌《き》れえだ。あくまで錠前を外して開くんだ」
 烏啼は頑として彼特有の我を通す。
 三時間、三時間半……三名人の顔に疲労の色が浮かぶ。
「まだかね」
 碇が、たまりかねて声をかけた。
「兄貴、黙っていてくんねえ」
 叱られた。
「なるほど。こんなに時間がかかるようじゃ、探偵を泊りがけで追払わなければならないわけだ」
 碇は、退屈のあまり机の引出をあけたり、本を一冊ずつ手に取って開いたりした。
 戸棚から、先日彼の失った鞄を見つけたときは、はっと緊張したが、中をあけてみると肝腎《かんじん》の重要書類がない。何のことだ。やっぱり金庫の中か。
 四時間二十分という途方もない長時間の記録を樹《た》てて、午前三時に、遂に大金庫は開いた。
「やれ、あいたか」
「あとは首領にやって頂きます」
 三名人は精根を使い果してそこへしゃがんでしまった。
 替って烏啼と碇とが前へ出て、金庫の中を覗きこんだ。
「あッ、あれだ」
「うん、やっぱりここに入れてあった。あけられるとは知らず、馬鹿な猫々だ」
「動くな、撃つぞ。機関銃弾が好きな奴は動いてもよろしい」
 大喝《たいかつ》した者がある。突然うしろで……
「しずかに手をあげてもらいましょう。これは皆さん。ようこそ御来邸下すった……」
 五名の賊は、双手《もろて》を高くあげてうしろをふりかえった。機銃を構えて猫背の肥満漢が茶色の大きな眼鏡をかけて、人をばかにしたような顔で、にこついていた。
「ちぇッ、きさまは猫々か、いっぱい喰わしたな」
 烏啼は無念のあまり舌打ちをした。
「折角《せっかく》御来邸の案内状を頂いたのに、留守をしていては申訳ないからね」
「途中から引返したのか」
「とんでもない。拙者は原の町行きの切符を買っただけのことでござる」
「でも、確かに袋探偵は玄関から旅行鞄と毛布を持って出かけていったが……」
 と碇が不審の思い入れだ。
「ははあ、あれは拙者のふきかえ紳士でな、日当千円のものいりじゃ。後で君の方へ請求書を廻すことにしよう」
「おい猫々先生。どうするつもりか。いつまでわれわれに手をあげさせて置くんだ」
「いや、もうすぐだ。警察隊がやがて来る。もう五六分すれば……」
「五六分すれば……」
 烏啼の目がぎらりと光って碇へ。
 と、高くさしあげた碇の手の中で、ぴしんと硝子のこわれる音がして、破片が床にこぼれ落ちた。
「何だ。何をした」
 と、袋探偵は銃口を碇の方へ向ける。そのとき碇が蒼白になって昏倒した。と、その隣にいた烏啼もばったり倒れた。
「どうした……」
 言葉半ばに、探偵の瞼は重くなり、抱えていた機銃をごとんと足許へ取落とした。が続いてその機銃の上へ、彼の身体が転がった。
 三人の金庫破りの名人たちも、ばたばたばたと倒れてしまった。
 みんな死んだ。いや人事不省かも知れない。そしてこれは僅《わず》か数秒間の出来事であった。一体何事が起ったのであろうか。そのとき、どやどやと足音がして雪崩《なだ》れこんで来た十数名の男たち。彼らは申し合わせたように防毒面をつけていた。
 そして烏啼以下五名の賊徒を引担ぐと、踵《きびす》をかえして急いで部屋を出ていった。
 あとに袋猫々ただひとりが、森閑とした部屋に取残された。
 烏啼の館では慰労の夜宴が開かれた。
「あのポンスケ探偵も、今頃はさぞおどろいているでしょうね」
「ふふン、まさか毒|瓦斯《ガス》で呉越同舟の無理心中をやらかすとは気がつかなかったろう」
 碇が掌の中で壊した硝子のアンプルの中には、無臭の麻痺瓦斯が入っていたのである。
「烏啼組じゃなきゃ見られない奇略ですね」
「なあに、大したことはない」
「われわれを一ぱい喰わしたつもりが、まんまと重要書類をさらって行かれて袋猫々先生、さぞやさぞなげいているでしょうね」
「袋探偵も、もっと自分の下に人員を殖やさないと、こんな目にあい続けるだろう」
「人件費が高くつくので、人が雇えないのでしょう」
 それは本当だった。しかし袋探偵としては、既に烏啼の重要書類を写真にうつしたものを握っているので、烏啼の部下があざ笑っているほど歎いてはいない。
 水鉛鉱の一件は、その後どうなったのか、話を聞いていない。



底本:「海野十三全集 第12巻 超人間X号」三一書房
   1990(平成2)年8月15日第1版第1刷発行
初出:「仮面」
   1948(昭和23)年2月号
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2001年12月29日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング