)、次はカ(九個)、次はイ(五個)、ノ(五個)、シとナが共に(四個)だ……
「これはいよいよ無茶苦茶だ。日本文字頻度統計をすっかり破っている。――そこで、これは意味のある言葉を分解して配列がえをやったのではないということが分る。してみれば、これは一体何だ。どんな役柄なのか、前半の百字は……」
「とにかくンの二十五個は、あまりにも異常だ。次のカは九個だ。第一位と第二位とのひらきが、あまりに大きい。……ンの二十五個か。二十五だ。……待てよ、二十五といえば百の四分の一だ。前半の前字の数は百だった。その四分の一がンという文字なんだ。そこだ。そこに鍵があるんだ」
なんの鍵であろうか。
ちょっと取付けない。――それならば、すこし方向をかえてみる。
百と二十五。とにかく百だ。百と二十五と四だともいえる。
この三つの数字の関係がとければいいのだが……
「そうだ。四と百と――これかもしれない。百個の文字を十字ずつ切って並べると十行で百字となる。すると四角が出来る。これはおもしろいではないか」
[#ここから3字下げ]
クルマカンニセンコク
アリシンネンノエンカ
イイマナオエンキザン
ネンナリタンネンベル
クカイセンノケツカハ
シゼンチホウミンノシ
ンノバンサンカイイン
ニカンセズナオミンカ
ンニソノサンカンヲコ
ワントカンゼシナラン
[#ここで字下げ終わり]
この四角な文字の配列を眺めていると、この中のンという文字は、たしかに或る符牒《ふちょう》を示すものであると察せられる。言葉を構成しているものではないのだ。
しからばその符牒とはどんな符牒か。
句読点か。
「とにかく、そのンの字のある場所を、他の文字と区別して、しるしをつけてみよう」
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│○│●|○|●|○|○|○|○|○|○|
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|●|○|○|○|○|○|●|○|○|○|
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|○|○|●|○|●|○|○|○|○|○|
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|○|○|○|●|○|○|○|○|●|○|
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|●|○|○|○|○|●|○|○|○|●|
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|○|●|○|●|○|○|●|○|●|○|
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|○|○|○|○|○|○|○|●|○|○|
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│○│●|○|○|●|○|●|○|○|●|
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│○|○|●|○|○|○|○|○|●|○|
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|●|○|○|●|○|○|○|●|○|○|
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紙に窓をあける
黒丸がンの字だ。
「それを句読点とする。すると始めの文字から拾っていって、四字・二字・五字・一字・二字・七字・二字・一字・……待てよ、これは駄目だ。こうして勘定していくと、内容文字は七十五字となる。句読点が二十五だから、これを百字から引いて七十五字だ。……七十五字ではおかしい。……後半の百字がどうやら暗号内容文だと思われるんだがそれは百字ある。七十五字ではない。するとこのンを句読点とする考えは駄目だ」
ではどう解くのか。
もう一度元へ戻って、百と二十五と四だ。百は全字数。二十五はンの字数、四は……四は四角だ。二十五掛ける四は百だ。
「ンのある場所を拾ってみると、第五字、第八字、第十四字、第十六字、第十九字、第二十七字、第三十字……となる。試みに、その番号に相当する文字を、後半の百文字の中から拾ってみよう。
すると第五字(イ)、第八字(ソ)第十四字(ギ)、第十六字(ア)、第十九字(ン)、第二十七字(ゴ)、第三十字(ウ)……であるから、この順に文字を拾ってみると――イソギアンゴウ――イソギアンゴウ――“急ぎ暗号”かなよろしい。もっと先を拾ってみよう。
「第三十二字(ヲ)、第三十六字(モ)、第三十八字(チ)、第四十五字(テ)、第五十三字(モ)、第五十八字(ウ)、第六十一字(シ)、第六十四字(ア)、第六十六字(ゲ)、第七十字(マ)、第七十三字(ス)――ヲモチテモウシアゲマス。始めからだと“急ぎ暗号をもちて申上げます”となる、これだ。
後半の文字の中から、ンの文字の個所にあたる文字を拾えば、暗号は解けるのだ。よし分った。それなら先をつづけよう。
「“急ぎ暗号をもちて申上げます例の男は”――ここまでで二十五字となる。これだけでは文章が尻切れ蜻蛉《とんぼ》だ。その先はどこに隠れているのだろう。
もっと暗号文は永く続いているのではあるまいか。用箋の第二枚、第三枚があるのではなかったか。しかし封筒の中にはいっていたのは用箋一枚きりだった。困った」
袋探偵は行詰って、紙片をいまいましく眺める。
もうすこしで解けるような気がする。それでいて、手掛かりが見つからない。脳髄がちょっとすねているらしい。
どうしてやろうか。
袋探偵は呻《うな》っている……がそのとき彼は声をあげた。
「あ、これかな」探偵は白黒表の最後のところのンを指す。第百字目のンだ。「四角の枠の隅っこにンの字があるのはこれだけだ。他の三つの隅にはンがない。……するとこの窓はうまく明けてあるのかもしれない。……あっそうだ。四角だ。正方形だ、十字ずつの正方形だ。横にしても、さかさにしても同じ形の同じ大きさだから、ぴたりと重なる。よろしい。きっとこれだ。後半の百字を、同じように四角に並べてみよう」
[#ここから3字下げ]
いまけえいつのそさま
じにくぎじあまとんつ
まいせりんこごらみう
いをだいはもらちちの
とれまかてぎをちまめ
ちいもしうととうみけ
してもあえげいこりま
よとすかいるうよれお
いんんうはのなおなす
をとれつこたでれすは
[#ここで字下げ終わり]
こうしておいて、前半の文字を四角に並べた白黒表をこの上に重ねる。ンのところ――つまり黒丸のところだけをナイフで穴をあけておく。ここに出してあるような形だ。
3↓
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1↑
これが出来ると、あとはもう楽であった。二十五字を四倍すれば百字になるわけだから、この窓のあいた紙を、百字の暗号文の上に重ねて、まず“急ぎ暗号……例の男”までの二十五字を読んだあと、この窓あき紙を九十度又は百八十度廻して暗号文に重ねて、窓のあいているところから下の文字を読めばいいのであった。
それはまず窓あき紙の(1)なる向きに置いたのを、次は(2)なる向きに変える。つまり左へ九十度廻すのである。すると、
“前島セン一と偽名し富子という女を連れ”と文章の切れっ端が出てくる。
次はまた左へ九十度廻して(3)なる向きで文字を拾いその次にまた廻して(4)なる向きで字を拾う。これで百字の暗号が、きちんと文字になった。すなわち、全文を読むと、
“急ぎ暗号をもちて申上げます。例の男は前島セン一と偽名し、富子という女を連れ、一昨日以来、原の町ともえ旅館離れ竹の間に泊りこみ誰かを待受けている様子です”
となる。
「ははあ、例の男というのは笹山鬼二郎のことだな」
袋探偵は直感した。
今日の掏摸《すり》が只の掏摸でなかったことは、彼奴の用いた念入りな手から察しがつく。烏啼の一味か、或いは笹山の一派かと考えたが、この暗号文から推測すると、どうしてもこれは烏啼の部下から本部又は碇健二へ送った情報に違いない。
「そうか。こういう暗号文を手に入れたからには、わしは原の町へ至急出張せんけりゃならん定石だ」
彼は急遽《きゅうきょ》自動車を操縦して外出した。
記録すべき応対
表に張り込んでいた烏啼の部下は、その都度本部へ報告を送った。
“袋猫々が、周章《あわ》てて自動車で外出しました”
“上野広小路で買物をしました。旅行鞄を買い、食料品を買い、トランプを買いました”
“上野駅で、原の町行きの二等切符を買いました”
“駅前の本屋へ寄りました。サトウ・ハチローの詩集と旅行案内とを買いました”
“駅前の喫茶店で、紅茶一つ、アンミツ一つをたべました。十円チップを置きました”
“袋探偵は午後三時帰宅しました。窓から覗《のぞ》いてみると、彼は旅行の準備をしています”
“取調べたるところ、袋探偵の買った切符は午後十時上野発の青森行急行であります”
“只今午後九時十七分です。袋猫々は玄関前に現われ、旅行鞄と毛布とを自動車に積みこみ、助手席に少年を一人のせてばあやに見送られて、自動車を自ら運転して出かけました。方向は上野のようであります”
“中折帽に長い茶色のオーバー、猫背で、茶色の色眼鏡をかけた袋猫々は、黒い旅行鞄と灰色の毛布をもって四番線の九六列車に乗込みました。列車は午後十時一分発車しました。袋猫々はしきりに林檎《りんご》をかじりながら、本を読んでいます”
“只今午後十時十分、少年が、猫々の自動車を運転して袋邸に戻って来ました。ばあやが起きて来ました。自動車はガレージに入れて錠をかけました。少年は、ばあやからチョコレートの箱と林檎を三つもらって、喜んで帰って行きました”
“ばあやの部屋の電灯も消え、邸内の窓は全部まっくらになりました。街灯と門灯だけが光っています”
報告は、櫛《くし》の歯をひくように、烏啼天駆のところへ集ってくる。
しばらくして大宮駅から報告があって、袋探偵は座席で毛布にくるまって寝入っていると知らせて来た。
「よかろう。猫々め、暗号文に釣られて、とうとう福島県へ追払われやがった。さあそこで、こっちはそろそろ仕事にかかろう」
烏啼は盃を下におくと、のっそり立上って、碇健二をはじめ部下に目くばせした。
一門の出陣であった。
自動車の中で、碇健二が烏啼天駆に話しかけた。
「あの袋猫々は、暗号文をちゃんと解いたようですね」
「原の町駅行きの切符を買ったところを見ると、暗号文が解けたんだな、そうだろう、探偵商売だから、それ位のことはやれるさ」
「あの暗号文をこしらえた須田は、それを袋探偵が解く力があるだろうかと心配していたですよ」
「須田よりは、猫々の方がちっと上だよ」
「しかし袋猫々も、まさか自分が旅行に出た留守に、自分の巣を荒されるとは気がついていないでしょうね」
「汽車に乗ってごっとんごっとんと東京を離れていったところをみると、気がついていないようだ」
「あとでおどろくでしょうな。折角手に入れた烏啼の重要書類が、自分の留守になくなっていたんではね」
「しかし、うまく行きゃいいが……袋猫々の金庫は厳重なことで、玄人の間にゃ有名だからな」
烏啼はいつになく心配顔で元気がない。
しかし自動車が袋邸の近くで停り、さっと下りたときの烏啼は、鬼神もさける体[#「体」は
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