├─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤
|□|■|■|□|■|■|■|□|■|■|
└─┴─┴─┴─┴─┴─┴─┴─┴─┴─┘
1↑
これが出来ると、あとはもう楽であった。二十五字を四倍すれば百字になるわけだから、この窓のあいた紙を、百字の暗号文の上に重ねて、まず“急ぎ暗号……例の男”までの二十五字を読んだあと、この窓あき紙を九十度又は百八十度廻して暗号文に重ねて、窓のあいているところから下の文字を読めばいいのであった。
それはまず窓あき紙の(1)なる向きに置いたのを、次は(2)なる向きに変える。つまり左へ九十度廻すのである。すると、
“前島セン一と偽名し富子という女を連れ”と文章の切れっ端が出てくる。
次はまた左へ九十度廻して(3)なる向きで文字を拾いその次にまた廻して(4)なる向きで字を拾う。これで百字の暗号が、きちんと文字になった。すなわち、全文を読むと、
“急ぎ暗号をもちて申上げます。例の男は前島セン一と偽名し、富子という女を連れ、一昨日以来、原の町ともえ旅館離れ竹の間に泊りこみ誰かを待受けている様子です”
となる。
「ははあ、例の男というのは笹山鬼二郎のことだな」
袋探偵は直感した。
今日の掏摸《すり》が只の掏摸でなかったことは、彼奴の用いた念入りな手から察しがつく。烏啼の一味か、或いは笹山の一派かと考えたが、この暗号文から推測すると、どうしてもこれは烏啼の部下から本部又は碇健二へ送った情報に違いない。
「そうか。こういう暗号文を手に入れたからには、わしは原の町へ至急出張せんけりゃならん定石だ」
彼は急遽《きゅうきょ》自動車を操縦して外出した。
記録すべき応対
表に張り込んでいた烏啼の部下は、その都度本部へ報告を送った。
“袋猫々が、周章《あわ》てて自動車で外出しました”
“上野広小路で買物をしました。旅行鞄を買い、食料品を買い、トランプを買いました”
“上野駅で、原の町行きの二等切符を買いました”
“駅前の本屋へ寄りました。サトウ・ハチローの詩集と旅行案内とを買いました”
“駅前の喫茶店で、紅茶一つ、アンミツ一つをたべました。十円チップを置きました”
“袋探偵は午後三時帰宅しました。窓から覗《のぞ》いてみると、彼は旅行の準備をしています”
“取調べたるところ、袋探偵の買った切符は午後十時上野発の青森行急行であります”
“只今午後九時十七分です。袋猫々は玄関前に現われ、旅行鞄と毛布とを自動車に積みこみ、助手席に少年を一人のせてばあやに見送られて、自動車を自ら運転して出かけました。方向は上野のようであります”
“中折帽に長い茶色のオーバー、猫背で、茶色の色眼鏡をかけた袋猫々は、黒い旅行鞄と灰色の毛布をもって四番線の九六列車に乗込みました。列車は午後十時一分発車しました。袋猫々はしきりに林檎《りんご》をかじりながら、本を読んでいます”
“只今午後十時十分、少年が、猫々の自動車を運転して袋邸に戻って来ました。ばあやが起きて来ました。自動車はガレージに入れて錠をかけました。少年は、ばあやからチョコレートの箱と林檎を三つもらって、喜んで帰って行きました”
“ばあやの部屋の電灯も消え、邸内の窓は全部まっくらになりました。街灯と門灯だけが光っています”
報告は、櫛《くし》の歯をひくように、烏啼天駆のところへ集ってくる。
しばらくして大宮駅から報告があって、袋探偵は座席で毛布にくるまって寝入っていると知らせて来た。
「よかろう。猫々め、暗号文に釣られて、とうとう福島県へ追払われやがった。さあそこで、こっちはそろそろ仕事にかかろう」
烏啼は盃を下におくと、のっそり立上って、碇健二をはじめ部下に目くばせした。
一門の出陣であった。
自動車の中で、碇健二が烏啼天駆に話しかけた。
「あの袋猫々は、暗号文をちゃんと解いたようですね」
「原の町駅行きの切符を買ったところを見ると、暗号文が解けたんだな、そうだろう、探偵商売だから、それ位のことはやれるさ」
「あの暗号文をこしらえた須田は、それを袋探偵が解く力があるだろうかと心配していたですよ」
「須田よりは、猫々の方がちっと上だよ」
「しかし袋猫々も、まさか自分が旅行に出た留守に、自分の巣を荒されるとは気がついていないでしょうね」
「汽車に乗ってごっとんごっとんと東京を離れていったところをみると、気がついていないようだ」
「あとでおどろくでしょうな。折角手に入れた烏啼の重要書類が、自分の留守になくなっていたんではね」
「しかし、うまく行きゃいいが……袋猫々の金庫は厳重なことで、玄人の間にゃ有名だからな」
烏啼はいつになく心配顔で元気がない。
しかし自動車が袋邸の近くで停り、さっと下りたときの烏啼は、鬼神もさける体[#「体」は
前へ
次へ
全7ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング