次に起ったことを、袋探偵はわりあいはっきり覚えている。
というのは、たちまち身近に起った大乱闘。罵《ののし》る声。悲鳴。怒号。殴りつける音。なにかがしきりに投げつけられる音。それから乱れた足音。遠のく足音。……
袋探偵は、八つ手のかげで、いくたびとなく立とうと努力した。だがそれは遂に駄目であった。腰が重くて、力がはいらなかった。そのうちに何だか机ぐらいの大きさのものがとんで来て、彼を張り倒した。彼は温和《おとな》しくなった。
やがて彼は気がついた。
身体の方々に、はげしい痛みを感じた。手をちょっとあげても痛いし、足をちょっと動かしても痛い。腰のあたりがひりひりする。
だがうれしいことに、こんどは二本の足で立上ることができた。ただし彼の背は丸く曲ったままであった。だがこれは元々彼が猫背のせいなので、なにも今夜に始まったことではない。
彼は長時間厄介になった八つ手のしげみから放れようとして、蹴つまずいた。足の先に、ずしりと重いものを突っ掛けた。見ると折鞄が落ちていた。
彼はそれを拾いあげて、常夜灯の下まで持っていって改めた。このとき彼の眼は、もう酔眼ではなかったが、全く見覚えのない鞄であった。彼はその鞄を元の場所へ置くために引返したが、五足六足行ったところで気が変った。
彼はその鞄を小脇に抱えこんで、公園の木立の闇をくぐり、外の街路へ出た。
それから彼は無事に自分の事務所へ戻りついた。
戸をあけて玄関にはいると――彼だけが知っている暗号錠の動かし方によって、彼はこの戸じまり厳重な屋内へはいることが出来るのであった――忠実なばあや関《せき》さんが起きて来て出迎えた。午前二時をすこし廻っていた。かくべつ用はないから、ばあやさんには自分の寝室へ引取って貰って、彼もまた自分のベットを探しあてて、中へもぐりこんだ。
袋猫々は何も知らなかったが、彼が公園を出たあと三十分ほど経って、三人の男がこの公園の中へ駆けこんで来た。そしてさっきの格闘のあとの地面の上を嗅《か》ぐようにして、しきりに何かを探し始めた。
彼らは一時間ほど探してから、三人|鳩首《きゅうしゅ》して首をかしげ、晴れない顔付のままで公園から出ていった。
当夜、袋探偵が拾った折鞄は、烏啼天駆の義弟の碇《いかり》健二の鞄だった。その中には烏啼にとって非常に重要機密なる書類もいくつかはいっていて、あの翌
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