つんだ大きな曳船《ひきぶね》を三つもあとにくっつけて、ゴトゴトと紫の煙を吐きながら川下へ下っていった。鴎《かもめ》が五、六羽、風にふきながされるようにして細長い嘴《くちばし》をカツカツと叩いていた。河口の方からは、時折なまぐさい潮《うしお》の匂いが漂ってくる。
 万吉郎は宿題をゆるゆると考えるために、人気のない川添いの砂利置場に腰を下ろした。
 なにかこう素晴らしい思いつきというものはないか?
 口実をつくって、旅に出ようかとも考えた。だが永くてもせいぜい二、三ヶ月のことであった。一生の永きに比べると、そんな短い期間の解放がなにになろう。
 発狂したことにして、病院に入ったことにしてはどうであろう。しかし病院をしらべられるとすぐお尻がわれる。
 ではヒルミ夫人を巧みに殺害してはどうであろうか。いや人殺しなんて、およそ万吉郎の趣味にあわないことだった。怪しまれでもして、本当に刑務所に送られてしまえば、そんな大きな犠牲はない。
 それでは誰かすこぶるの好男子をさがしだして、不倫を強《し》いるようで悪いが、ヒルミ夫人が恋慕するようにはからってはどうであろうか。やっぱりそれも拙《まず》い。ヒル
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