また靄のなかに消えてゆく。僕はそういう構図で写真を撮りたいばかりに、こんなに早く橋のたもとに立っているのである。
 レンズ・カバーをとって、焦点硝子《しょうてんガラス》の上に落ちる映像にしきりにレバーを動かせていると、誰か僕のうしろにソッと忍びよった者のあるのを意識した。だが――
 焦点硝子の上には、橋の向うから突然現れた一台の自動車がうつった。緩々《ゆるゆる》とこっちへ走ってくる。それが実に奇妙な形だった。低いボデーの上に黒い西洋棺桶のようなものが載っている。そして運転しているのは女だった。気品のある鼻すじの高い悧巧《りこう》そうな顔――だがヒステリー的に痩せぎすの女。とにかくその思いがけないスナップ材料に、僕はおもいきり喰い下がって、遂にパシャンとシャッターを切った。
 眼をあげて、そこを通りゆく奇妙な荷物を積んだ自動車をもう一度|仔細《しさい》に観察した。エンジン床《ベッド》の低いオープン自動車を操縦するのは、耳目《じもく》の整ったわりに若く見える三十前の女だった。蝋細工のように透きとおった白い顔、そして幾何学的な高い鼻ばしら、漆黒の断髪、喪服のように真黒なドレス。ひと目でインテ
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