ういうといかにもこじつけ話のように聞えるであろう。いくら千太郎がお婿さまに化けても、顔馴染の警官や、元の仲間の者にあえば、ひとめでモニカの千太郎がうまく化けこんでいやがると気がつくと思うだろうが、なかなかそうはゆかない。今までは顔を見ただけでは全く千太郎と見わけのつかない万吉郎だった。つまり万吉郎なるお婿さまは、モニカの千太郎とは全く別な顔をもっていたのである。千太郎もいい男であつたが、万吉郎の顔は、さらにいい男ぶりであり、しかも顔形は全く別の種類に分類されてしかるべきものだった。
それにも拘《かかわ》らず、万吉郎は千太郎の化けた人間に相違なかったのである。
では、どういうところから、そういう不思議な顔形の違いが起ったのであろうか。その答は簡単である。ヒルミ夫人の特別研究室のうちで、千太郎の顔は新しく万吉郎の顔に修整されてしまったのである。それこそはヒルミ夫人の劃期的《かっきてき》なアルバイト、田内整形外科術の偉力によるものだった。
「ワタクシハ予《かね》テ世間ニ於テ人間ノ美ト醜トニヨル差別待遇ノ甚《はなは》ダシイノニ大ナル軽蔑ヲ抱イテイタ」とヒルミ夫人はその論文に記《しる》している。「美人ト不美人トノ相違ノ真髄ハ何処《いずこ》ニアリヤト考エルノニ、要スルニ夫《そ》レハ主トシテ眉目《びもく》ノ立体幾何学的問題ニ在ル。眉目ノ寸法、配列等ガ当ヲ得レバ美人トナリ、マタ当ヲ得ザレバ醜人トナル。而《しか》モ美醜間ニ於ケル眉目ノ寸法配列等ノ差タルヤ極メテ僅少《きんしょう》ニ過ギナイ。美人ノ眼ガ僅カ一度傾ケバタチマチ醜人ト化シ、醜人ノ唇僅カ一|糎《センチ》短カケレバ美人ト化スト云ッタ塩梅デアル。左様ナ一度トカ一糎トカ僅少ノ幾何学的問題ニ一生ヲ棒ニフル者ガ少クナイノハ実ニ嗤《わら》ウベキコトデアル。吾ガ整形手術ニ於テハ、夫レ等僅少ナル寸法ヲ短縮スル等ノ技術ハ極メテ容易デアル。凡《およ》ソ人体各部ノ整形手術中、人間ノ顔ホド簡単ニ整形形状変更等ヲナシ得ル部分ハ他ニナイ。殊ニソノ整形ノ効果ノ大ナルコト、他ノ部位ノ比デハナイ。若シ本書ニ説述シタ吾ガ田内整形手術ガ全世界ニ普及セラレタル暁《あかつき》ニハ、世界中ニ只一人ノ醜イ人間モ存在シナクナルデアロウ云々《うんぬん》」
実に大胆なるヒルミ夫人の所説だった。というよりは、なんという強い自信であろうといった方がいいかもしれない。
医学博
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