つんだ大きな曳船《ひきぶね》を三つもあとにくっつけて、ゴトゴトと紫の煙を吐きながら川下へ下っていった。鴎《かもめ》が五、六羽、風にふきながされるようにして細長い嘴《くちばし》をカツカツと叩いていた。河口の方からは、時折なまぐさい潮《うしお》の匂いが漂ってくる。
 万吉郎は宿題をゆるゆると考えるために、人気のない川添いの砂利置場に腰を下ろした。
 なにかこう素晴らしい思いつきというものはないか?
 口実をつくって、旅に出ようかとも考えた。だが永くてもせいぜい二、三ヶ月のことであった。一生の永きに比べると、そんな短い期間の解放がなにになろう。
 発狂したことにして、病院に入ったことにしてはどうであろう。しかし病院をしらべられるとすぐお尻がわれる。
 ではヒルミ夫人を巧みに殺害してはどうであろうか。いや人殺しなんて、およそ万吉郎の趣味にあわないことだった。怪しまれでもして、本当に刑務所に送られてしまえば、そんな大きな犠牲はない。
 それでは誰かすこぶるの好男子をさがしだして、不倫を強《し》いるようで悪いが、ヒルミ夫人が恋慕するようにはからってはどうであろうか。やっぱりそれも拙《まず》い。ヒルミ夫人はそんな多情な女ではない。ただ一人の万吉郎を狂愛しているのであって、そうは簡単に男を変えるような夫人ではない。ではこれも駄目。――
 万吉郎は無意識に砂利場の礫《こいし》を拾っては河の面に擲《な》げ、また拾っては擲げしていた。
 すると突然意外な事件が降って湧いた。万吉郎の前に、河のなかへ落ちこんだ高い石垣がある。その石垣の向うから、不意に人間の首がヌッと現れたのである。
「――よせやい。なんだって俺に石を擲げるんだ。いい気持に、昼寝をしていたのに」
 万吉郎は呀《あ》ッと叫んだ。
 石垣の下からヌッと現れたその顔――それはひと目でそれと分る若衆の顔だった。石垣の下には、人一人がゴロリと横になれる狭いスペースがあるのであろう。
 石垣をのぼってきた男に、煙草を与えなどして、万吉郎は彼を自分の横に座らせた。
「旦那、なんか腹のふくれるものは持ってないかい」
 チョコレートではどうであろう。
 棒チョコレートを噛《かじ》る若い男と、ボソボソと取りとめない話をしているうちに、思いがけなく万吉郎は一つの素敵なアイデアを思いついた。
「うん、これはいい。どうしてそんなことに気がつかなかった
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