ムチムチ肥えた露《あら》わな二の腕が、それ自身一つの生物《せいぶつ》のように蠢動《しゅんどう》していた。
「いいから、行ってこいよ」帆村は云った。
「じゃ、ちょっと――」
私は心臓をはずませて、席を立った。彼女の悩《なや》ましい体臭《たいしゅう》の影にぴったりとついて行くと、チェリーは楽手《がくしゅ》のいないピアノの側へつれていった。
「用て、なんだい」私は訊《き》いた。
「解ってるでしょう――」そういうチェリーの顔には、何となく険悪《けんあく》な気がみなぎっているのを発見した。
「あんた、早く返さないと悪いわよ」
彼女は私の思いがけないことを云った。
「早く返せ。な、なにをだい?」
「白っぱくれるなんて、男らしくないわよ」
「なッなんだって?」
「こうなりゃハッキリ云ったげるわよ。――あんた先《せん》に丘田さんのところで、盗んでいったものがあるでしょう」
「なにを云うんだ」私は駭《おどろ》きと怒《いか》りとで思わず大声になった。
「ほら、やましいから、赤くなったじゃないの。悪いことは云わないから、これから直《す》ぐ帰って、あの薬をあたしンところへ持っていらっしゃい。いいこと。あたしから丘田さんにうまく謝《あやま》って置いてあげますからネ」
薬といわれて、私はすこし気がついた。
「よし、考えとくよ」
「考えとくじゃないわよ。早くしないと困るのよ」
「まアいいよ。すこし考えさせろよ」
「あんたお金のことを云っているのネ。すこし位のお金なら、あたしからあげてもいいわ」
「莫迦《ばか》なことを……」
そういって私は席に戻った。帆村はホープの煙を濛々《もうもう》と立ち昇らせながら、眼をクルクルさせていた。
「どうした」
そこで私は思いがけないチェリーの云いがかりについて、彼に報告した。そのあとに私はつけたして云った。
「薬を盗んだというが、それなら君に云いそうなものじゃないか」
「うん。そりゃ君のことさ。だから僕があのとき袖を引いて注意をしてやったじゃないか」
そこで私は、帆村が袖を引張ったことを思いだした。そうだ、あのとき私は、銀玉に見惚《みと》れていた。横に細い溝《みぞ》のある銀玉だった。ああ、そうすると……あの銀玉に薬が入っていたのだ。
その瞬間だった。バラバラと私達の卓子《テーブル》に飛びついて来た人間があった。
「やい泥棒」いきなり卓子越《テーブルご
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