「ああら、いらっしゃい」
 そういって通りすぎたのは、チェリーだった。カクテルの盃を高くささげて、急ぎ足に通りすぎた。背後《うしろ》から眺めるとワン・ピースが、はちきれそうにひきしまって、彼女の肉体があらわに透《す》いて見えそうだった。
「ありゃチェリーさんだネ」
「うん」
「暫く見ない間に、大変肉づきが発達したじゃないか。まるで別人のようだ」
「そうだネ」私は或ることを思い浮かべて、胸の締めつけられるのを覚えた。
「まあ、いらっしゃいませ」そこへ君江がやって来た。「先刻《さっき》はどうも……」
 君江が帆村にそういって挨拶をした。オヤオヤと思って私は帆村の顔を見た。
「む――」帆村は白っぱくれて、ホープの煙幕《えんまく》の蔭に隠れていた。
 注文をきいて、君江が向うへゆくのを待ちかねて私は口を切った。
「今のはどういう訳なんだ、『先刻はどうも』というのは」
 帆村はニヤリと笑って、灰皿に短くなったホープを突きこんだ。
「君は覚えているだろう」と彼は声を墜《お》として云った。「あの金《きん》という惨死《ざんし》青年が或る中毒に罹《かか》っていたことを」
「ひどいモルヒネ中毒だというんだろう」
「そうだ。屍体解剖の結果、それは十分に証明されたが、しかしあのモルヒネ中毒は彼の直接死因でないことが証明された」
 帆村は、そこで又一本のホープを摘《つま》みあげた。
「ところが、あの金が如何なる手段でモヒを用いていたか、それについては一向解らなかったのだ。僕はそれを解くのに大分苦心をして、とうとう神戸へ出掛けるようなことになったのだ。しかし僕は遂《つい》にその手段を見つけることが出来た。発見のヒントは、金の部屋を探したときに掴《つか》んだものだった。それは灰皿の内容物からだった」
「うむ」
「あのとき、君も知っているだろうが、灰皿の中には、燐寸《マッチ》の燃え屑と、煙草の灰ばかりがあって、煙草の吸殻が一つも見当らなかったことを。あれが最初のヒントなのだ。およそ吸殻《すいがら》のない吸い方をするということは、普通の吸い方ではない。それは愛煙家のうちでも、最も特異な吸い方なのだ。火のついた巻煙草がだんだんと短くなってお仕舞いになると脂《やに》くさくなる。これは決して美味《おいし》いところではない。それを大事に最後まで吸いつくすところに、僕は疑問を挟《はさ》んだのだ。――そこで僕
前へ 次へ
全27ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング