特別の人間であります。そして心霊と人間との間にいて、連絡をいたします。つまり、じっさいには、心霊が霊媒の身体にのりうつるのです。心霊だけでは、声を発することもできません。ものをいうこともできません。そこで心霊は、霊媒の身体にのりうつり、霊媒ののどと、口とをかりて言葉をつづるのです。ですから霊媒がいてくれないと、わたくしたちは心霊と話をすることができないのです。どうです。お分りになりましたか」
「すると、霊媒人間が、心霊に自分の身体を貸すんですね」
「そうです」
「人間は、誰でも霊媒になれますの」
「いいえ。さっきもいいましたが、特別の人間でないと霊媒になれません。霊媒になれる人は、ごくわずかです。霊媒にも、すぐれた霊媒と、おとった霊媒とがあります。すぐれた霊媒は、心霊がらくにのりうつることができます。のり心地がいいのです」
「特別の人間というと、どんな人でしょう」
「心霊実験会のえらい人は申します。霊媒になれる人は、心霊というもののあることを信じる人、自分の身体から自分のたましいをおいだして、たましいのない空家《あきや》にすることができる人、それが完全にできる人ほど、上等の霊媒だそうです。さあ、それではそろそろでかけましょう」


   名霊媒《めいれいばい》


 松永老人に化けたポーデル博士につれられて、東助とヒトミは、心霊実験会の会場へいった。それは東京の郊外《こうがい》の焼けのこった町の岡の上にある広い邸宅《ていたく》であった。
 会員たちは、もうだいぶ集っていた。
「おや松永さん。久しぶりですね」
「おお、これは金光《かねみつ》会長さん。今日は孫を二人連れてきましたわい」
「ほう、それはようございました。お孫さんたち、ふしぎなおもしろいことが今日見られますよ」
 金光会長は、顔の外までとびだしている白い八字髭《はちじひげ》をゆりうごかして、東助とヒトミにそういった。この会長は、松永老人がにせ者だということにすこしも気がついてない様子。
「霊媒の、今日の身体の調子はどうですか」
「調子はいいそうですよ。もっとも岩竹さんは、今日は身体の調子が悪いといったことは今までに一度もないですなあ」
「おっしゃるとおりです。岩竹|女史《じょし》ほどのいい霊媒は、ちょっと今までに例がありませんね」
 会員たちのこんな話から察すると、この会の霊媒の岩竹女史は、たいへんすぐれた霊媒らしい。
「皆さん。お待たせしました。実験室の用意ができましたから、あちらへどうぞ」
 金光会長が一同をよびにきた。十四五名の会員たちは席を立って、奥へ入る。もちろんポーデル博士も、東助とヒトミも、とりすました顔でその中に交《まじ》っていた。
 実験室というのは、十二三坪位の広さの板の間じきのがらんとした部屋だった。手前の方に、会員のすわるための椅子が二十脚ほど馬蹄形《ばていがた》にならべてあった。正面の奥、つまり板ばりの壁の前に、電気死刑の椅子のような形のがっちりした肘かけ椅子が一つおいてあり、その左右に小さな角卓子《かくテーブル》が二つずつあった。その外に、主催者側で使うらしい椅子が四つ五つあった。
 壁には、まっ黒なカーテンが、長い裾《すそ》をひいて、隅々にしばってあった。
 と、左手の廊下から、ぞろぞろと四、五人づれの人があらわれた。その中に、ひとりの女性が交っていた。力士《りきし》のようにふとった大きな婦人で、としの頃は三十をすこしこえていると思われた。ただ顔色がよくない。青ぶくれに近い。それが名霊媒の岩竹女史であることは、会員席からのささやきで知れた。他の男の人たちは、この会の幹部であった。この人たちは、正面の左右に並んだ。
 いちばんあとから、白い長髭《ながひげ》の会長がはいってきて、障子《しょうじ》をしめた。そして正面に立って会員たちにあいさつをした。
「これから第九十九回目の心霊実験会をはじめます。本日は、みなさまのご熱望により、特に岩竹女史においでをねがいまして、有名なるゴングの心霊をここへよびだしていただき、いろいろとめずらしい実験をお頼みしたいと思います。それでは暗室《あんしつ》にいたします。なおいつものようにお煙草はおひかえ願います。それから暗黒の中においても、写真撮影と録音とは、絶対におことわりいたします。では幹部の方々。黒幕を三重にはって、この部屋を完全暗室にして下さい」
 そこで幹部たちは席を立って、まわりの黒いカーテンを引いて完全暗室にした。
 そのとき室内に一つ十|燭光《しょっこう》の電灯がついた。これは会長がつけたのだ。
「それでは、例によりまして霊媒の岩竹女史を、この椅子にしっかりしばりつけます。会員の方も四五名、ここへおいで下すって手をお貸し下さい」
 会長が岩竹女史に対して、うやうやしく礼をした。すると女史はゆうぜんと立上って、中央のおそろしそうな椅子にどっかと腰をかけた。幹部たちは、太い綱《つな》を十五、六本、もちだした。
 会長が女史に、白い手拭《てぬぐい》で目かくしをし、その上にさらにゴム布で二重の目かくしをする。そしてうしろへ身を引き、合図《あいず》の手をあげると、綱をもった幹部と会員とが女史のそばへより、女史の身体や手足を、むごいほどきつく椅子にしばりつける。二重にしばったところもある。両手などはうしろに組合わしてしばった上、さらにそれを椅子の背にしばりつける。
 これでは女史は全く身うごきもできないし、さぞ身体が痛いことだろうと思われた。
「これ位でいいでしょう。岩竹先生、痛くありませんか」
「今日はずいぶん、きつくしばりましたねえ」
「すこしゆるめましょうか」
「いや、いいです。もう二三本しばってみて下さい」
 また追加の綱でしばった。
「それでは、岩竹先生のお身体を、心霊にひきわたします」
 髭の会長は前にでて、女史に向って合掌《がっしょう》し、なにか呪文《じゅもん》のようなものをいって、えいっと声をかけると、椅子の中の女史は、うーんと呻《うな》って、身をうしろへそらせた。
「かかったようです。では電灯を消します。二十分間、おしずかにねがいます」
 会長が、ぱちっと電灯のスイッチをひねった。室内はまっくらになった。


   怪奇な実験


 一座はしずまりかえって、こわいようだ。そのとき会長のおさえつけるような声が闇の中にした。
「どうぞゴングさん。お現われ下さい。心霊ゴングさん。今どこにおられますか」
 すると、またうーんとうなる声がして、
「わしは、もうここにきている」
 と、いんいんたる声がした。岩竹女史のねむっているあたりだ。東助とヒトミは、急におそろしくなってポーデル博士にすがりついた。
「大丈夫、大丈夫。よく見ておいでなさい」
 博士はやさしく肩をなでてくれた。
「もう、おいでになっていましたか。それでは何か見せていただきたいですね」
「よろしい。ラッパをとりよせて、吹いてきかせよう」
 ゴングさんの声がしたと思うと、闇の空中にラッパの形をしたものが浮きあがった。全体が青白い光をはなっている。
 東助とヒトミは、また博士にすがりついた。
 そのラッパは宙をくるくるまわりだした。そのうちに大きく宙をとび始めた。会員の頭の上にもきた。会員の中には、あっとおどろきの声をあげたものもいる。
 そのうちにラッパは正面へもどった。あいかわらず宙に浮いている。それが、ぷっぷくぷっぷくと、あやしげな音をたてて鳴りだした。やがてこれはゆれだした。そしてあいかわらずぷっぷくぷっぷくである。
 と、とつぜんラッパは消えた。
 するとこんどは大きな青い火の玉が二つあらわれた。それがくるくると闇の中をまわりだした。会員の頭の上を輪になってとんだと思うと、見えなくなった。
 次はがたんがたんと音がして、小さい卓子《テーブル》が青い光を放って正面にでてきた。その上に、もう一つのテーブルがのった。やはり青い光をはなっている。
「熱帯の島から、蘭《らん》をひきぬいてきて、このテーブルの上へおく。熱帯の蘭だ」
 ゴングの声だ。ゴングがうなる。と、こつんと音がして、青い蘭のような植物の形があらわれた。
「これが、そうだ。あとで調べてみなさい。まちがいない」
 ゴングの声だ。
「わしが、この世にいたときの姿をちょっと見せる。今から約四千年前だ」
 すると天井《てんじょう》から、すーッと何か降りてきたと思ったら、長い裾《すそ》をひいた人の形があらわれた。エジプト人であることは一目でわかる。目鼻はぼんやりしている。
「こんどは、にぎやかになる」
 ゴングの声に、二つの火の玉に、ラッパに、蘭に小卓子などが、みんなゆらゆらひらひら飛び上り、まい下った。そのふしぎさは、息がつまるようだ。
 そのとき、ポーデル博士の低い声が東助の耳にささやいた。
「この眼鏡《めがね》をかけてごらん。くらやみの中の物が、はっきり見える。これは赤外線眼鏡です。わしは今、ゴングの方へ、誰にも知られないように赤外線灯を照らしています。赤外線だから肉眼では見えない。しかしこの赤外線眼鏡をかけると、よく見えます。早くごらんなさい。何が見えるか。しかし笑ってはいけませんよ」
 東助は博士から渡された眼鏡を急いでかけてみた。
 おお、これはふしぎ。くらやみの室内が、夕暮ぐらいの明るさで、はっきり見える。
 東助はおどろいた。何よりもおどろいたのは、岩竹女史をしばりつけてあった椅子の中に、女史の姿はなかった。そしてその女史は、正面に立ち、両手を自由に使って、二つの火の玉が糸でつりさげられた長い二本の細竹をあやつって、しきりに会員の頭の上でふりまわしていた。
 別の男が、やはり同じようにラッパを細竹につってふりまわしていた。そのラッパには長いゴム管《かん》がついていた。その男は頬をふくらませて吹いた。するとぷっぷくと音がでた。
 もう一人の男は、エジプト人形をつった細竹をもって、ゆらゆらと左右にふっていた。
(ひどいインチキだ。なにが心霊ゴングだ)
 と、東助は腹が立った。そのとき博士が眼鏡をかえすようにと、ささやいた。そしてこの会の最後まで、何もしらないことにして、さわいではいけないと注意をあたえた。
 この実験会が大成功に終って、ゴングの霊は拍手におくられて消えた。そしてそのあとで会長が電灯をつけた。
 すると岩竹女史は、いつの間にか前と同じ形で椅子に厳重《げんじゅう》にしばりつけられて、ねむっていた。それをよびさまさせるために、髭《ひげ》の会長は、また呪文《じゅもん》のようなことをいった。女史は大きな声で、
「ああ、よくねむった。わたしは何かしたでしょうか。何も知らないのです」
 としらっばくれていった。
 その会が終っての帰路《きろ》に、ポーデル博士は東助とヒトミにいった。
「今日のふしぎ国探検は、インチキのふしぎ国探検でありました。あれを、会員のみなさんは、ほんとのふしぎだと思って信じているのです。困ったものですね」
「あんなに霊媒《れいばい》の身体をよく椅子にしばりつけておいたのに、どうして綱をはずして抜けでていたのでしょうか」
「あれは綱ぬけ術という奇術《きじゅつ》なんです。インチキなしばり方をしてあるのですから、かんたんにぬけたり、またしばられたようなかたちになります」
「あの蘭は、熱帯産のものではなかったのですか」
「あれは本ものです。しかし温室に栽培してあるものを利用したのですよ。やっぱりインチキなやり方です」


   四次元《よじげん》世界


 このところしばらく、ポーデル博士にゆきあわない東助とヒトミであった。
 二人は、この一週間ばかり、毎日のように浮見《うきみ》が原《はら》へ通い、博士が樽ロケットに乗って地上へ下りてくるのを待ちうけた。しかしいつも待ちぼうけであった。
「ヒトミちゃん。どうしたんだろうね、ポーデル博士は」
 東助は、いつになく博士のあらわれ方がおそいので、ひょっとしたら、あのような神か魔か分らないほどのえらいポーデル博士も肺炎《はいえん》にでもなって、床《とこ》についてうんうん呻《うな》っているのではないかと心
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