たった一発で、何十万何百万という人間を殺す力がある。そういうすごい原子弾を、人類は競争でたくさんこしらえている」
「ふーん、それはすごい。われわれはもちろん殺されてしまうね」
「それはそうだが、まあ待て。人類は亡びるが、われわれは亡びないんだ。というわけはやがて人類同士でこの次の戦争を始めるとなると、こんどはもっぱらこの原子弾を使う戦争となるわけだ。これはすごいものだぞ。戦う国と国とが、たがいに相手の国へ原子弾の雨を降らせる」
[#ここから2字下げ]
と、ものすごい原子弾炸裂《さくれつ》の音響があとからあとへとつづく。そして原子弾をはこぶ無人ロケット艇《てい》の音がまじって聞える。また地上からは、死にいく人々のかなしい呻《うめ》き声がまいあがる。サイレンの音。高射砲の音。無電のブザーの音、聞えてはとぎれ、とぎれてはまた弱く聞えだす。と、また次の原子弾炸裂音が始まる。
[#ここで字下げ終わり]
「すごいじゃないか。おやおや、さっきまであった大都市が、影も形もないぜ。見わたすかぎり焼野原《やけのはら》だ」
「今の爆撃で、五百万の人間が死んだね。生きのこっているのはたった二十万人だ。しかしこの人間どもも、あと三週間でみんな死んでしまうだろう」
「われわれ蠅族も、そば杖《づえ》をくらって、かなりたくさん殺されたね」
「しかしわれわれの全体の数からいえば、いくらでもない。ところが今殺された五百万の人類は、人類にとっては大損失なのだ」
「なぜだい。人類はもともと数が少いからかい」
「いや、そうじゃない。今殺された五百万人の中には、あの国の知識階級の大部分がふくまれでいたんだ。一度に、知識階級の大部分を失ったことは、たいへんな痛手《いたで》だ。この国は、もう一度立直れるかどうか、あやしくなった」
[#ここから2字下げ]
と、またもや原子弾の炸裂音と死んでいく人々のさけび声がする。但し、こんどは遠方から聞える。
[#ここで字下げ終わり]
「やられた、やられた。この国はもう実力を失った。おしまいだ」
「どうしたんだね。どこだい、今の爆撃された場所は……」
「あれはね、この国の秘密の原子弾製造都市だったんだよ。ほら、見える。すごいね。原子弾が地中にもぐって炸裂したんだ、あのとおりどこもここも掘りかえされたようになっている。製造機械も、原子弾研究の学者も製造技師もみんな死んでしまった。この国は、もう二度と原子弾を製造することはできない。おしまいだ」
「没落《ぼつらく》だね。するとこの国にかわって敵国がいばりだすわけかな」
「さあ、どうかね。この国だって、おとなしく原子弾にやられ放《ぱな》しになっていたわけじゃあるまい。きっと敵国へも攻撃をするにちがいない」
チリチリチリンと電話のベルが鳴る。
「ああ、もしもし」
「ああ、もしもし。ああ君だね。えらいことが起ったよ。こっちの首都は、さっき原子弾の攻撃をうけて全滅となった。それからね、原子弾工場地帯が十カ所あったが、それが一つ残らず攻撃を受けて、器械も技師もみんな煙になって消えてしまったよ。もうこの国はだめだ。生き残っているのは、知識のない人間ばかりだ」
「そうだったか。やっぱりね」
「やっぱりね、とは?」
「こっちの国もそのとおりなんだ。ああ、今ぞくぞく情報が集ってくるがね。こっちのあらゆる都市や地方が、無人機にのっけた原子弾で攻撃を受けているよ。人類の持っていた科学力はことごとく破壊された。知識のある人類は、みんな殺されてしまった。ああ、人類の没落が始った。人類の没落だ。ざまァみやがれ」
「やーい、人類。ざまァみろ。さあ、この機《とき》をはずさず、われわれ全生物は人類に向って談判《だんぱん》をはじめるんだ」
「そうだ。さしあたり、蠅叩《はえたた》きや蠅取紙《はえとりがみ》を全部焼きすてること。石油乳剤《せきゆにゅうざい》やディ・ディ・ティー製造工場を全部叩きこわすこと。それを人類に要求するのだ」
「窓の網戸をてっぱいさせるんだ。われわれの交通を妨害することはなはだしいからね」
「これから、われわれの仲間を一匹たりとも殺した人間は死刑に処《しょ》する」
「死刑だけでは手ぬるい。死刑にした人間の死体を、われわれ蠅族だけで喰いつくすんだ。それゆけ」
驚きの曲が鳴りだす。そして……
「アナウンスいたします。このところ一千年たちました」
「はっはっはっはっ」
「うわッは、はッはッ」
「ほほほほ。ほほほほ」
「ははは、愉快だ。もう満腹《まんぷく》だ。のめや、うたえや。われらの春だ」
「愉快、愉快。人類も滅亡したし、ライオンも虎も、牛も馬も羊も犬も、みんな死に絶《た》えた。みんな原子弾の影響だ。そしてわれわれ蠅族だけが生き残り、そして今やこの地球全土はわれわれの安全なる住居《すまい》となった。ラランララ、ラランララ」
「うわーイ。ラランララ、ラランララ。ひゅーッ」
「わが蠅族の地球だ。世界だ。はっはっはっはっ。人間なんかもう一人もいやしない」
終幕の音楽。
「アナウンサーです。劇『原子弾戦争《げんしだんせんそう》の果《はて》』は終りました」
「どうでしたか、東助君、ヒトミさん。蠅《はえ》のテレビ劇はおもしろかったですか」
ポーデル博士がたずねた。
東助とヒトミは、それにすぐ答えることができなかった。二人の眼には、涙がいっぱいたまっている。
「おや、悲しいですか。何を涙しますか」
博士は、やさしく二人の頭をなでた。
「でもね、博士」と東助がとうとう声をだした。
「今の蠅の劇は、あんまりですよ。人類を意地悪くとりあつかっていますよ。人類は、そんなに愚《おろ》か者ではありません。原子弾を叩きつけあって、人類を全滅させるなんて、そんなことないと思うのです」
「しかし、原子弾の力、なかなかすごいです。人類や生物、全滅するおそれあります。地球がこわれるおそれもあります。安心なりましぇん」
「しかし、原子弾の破壊力をふせぐ方法も研究されているから、人類が全滅することはないと思います」
ヒトミも、考えをいった。
「しかし、ヒトミさん。地球こわれますと、人類も全滅のほかありません。原子弾の偉力とその進歩、はなはだおそろしいこと、世の人々あまりに知りません」
「ああ、そうだ。今の蠅のテレビ劇ですね。あれをみんなに見せたいですね。するとわれわれ人間は、蠅に笑れたり、ざまをみろといわれたくないと思うでしょう。だからもう人類同士戦というようなおろかなことはしなくなると思います」
「そうです。人類はたがいに助けあわねばなりません。深く大きい愛がすべてを解決し、そして救います。人類は力をあわせて、自由な正しいりっぱな道に進まねばなりません。人類の責任と義務は重いのです」
「博士がそういって下さるので、やっと元気がでてきましたわ」
「そうだ。僕もだ。けっして、蠅だけの住む地球にしてはならない。僕はみんなに、今の蠅の劇の話をしてやろう」
重力がなくなる
ポーデル博士は、樽《たる》ロケット艇《てい》の操縦席についた。
「博士。出発ですか」
東助が聞いた。
「そうです。また新しい目的地へでかけます」
「こんどは、どんな『ふしぎ国』へ案内して下さいますの」
ヒトミが博士にたずねた。
「こんどはね、ある宇宙艇の中に案内いたします」
「宇宙艇ですって」
「そうです。地球を後に、月世界へ向かう宇宙艇の中へ、あなたがた二人を連れてはいります。その宇宙艇は、だんだん宇宙を進んでいくうちに、だんだん重力がへってきます。――重力とは何か、あなたがた、知っていますね。どうですか、ヒトミさん」
「重力というと、あれでしょう。ニュートンが、リンゴが頭の上から地上へごつんと落ちたのを見て、重力を発見したというあれ[#「あれ」に傍点]でしょう」
「そのあれです。しかしそれはどういうことなのでしょう。どんな法則ですか」
「ぼくがいいます。重力とは、物と物とがひきあう力です。そしてその力は、その二つの物の重さをかけあわしたものが大きいほど、重力は大きいです。それからその二つの物がはなれている距離が、近ければ近いほど、重力は大きいのです。もっとくわしくいうと、『距離の自乗《じじょう》』に反比例《はんぴれい》するのです」
「そうです、そうです。東助君、なかなかよく知っていますね。……ところで、さっきお話した宇宙艇ですが、はじめは地球に近いから地球の重力にひっぱられていますが、だんだん月の表面に近くなると、こんどは月の重力の方が大きくなります。そしてその途中のあるところでは、地球からの重力と、月からの重力とが、ほとんど同じに働きます。さあ、そうなると妙《みょう》なことが起ります」
「妙なことというと、どんなことですの。またこわいお話ですか」
「いや、こわくはありませんが、じつに妙なのです。つまりそのところでは、地球からの重力と月からの重力が同じであるが、この二つの重力は、方向があべこべなんです。地球の重力が、ま下の方へひくと、お月さまの重力は反対にま上へひくのです。下へと上へと両方へ、同じ力でひっぱられると、さてどんなことになると思いますか」
ポーデル博士は、にやにやと笑いながら、東助とヒトミを見くらべた。
「それじゃあ、同じ力でひっぱりっこだから、結局力が働いていないのと同じですね。二つの力を加えると、零《れい》ですものね」
東助が、こたえた。
「そのとおり。つまり、そのところでは、両方の重力が釣合《つりあ》って重力がないのと同じことになります。さあ、そういう重力のないところでは、どんなことか起るか」
「どんなことが起るでしょうね」
「物は、重さというものがなくなったように見えるでしょう。重さがなくなると、どんなことになりますか」
「大きな岩でも鉄の金庫でも、指一本でもちあげられるでしょうね」
と、東助がいった。
「そうです。もっと外《ほか》のことも考えられますか」
「ああ、そうだわ。鉄でこしらえてある金庫に腰をかけて、お尻にうんと力をいれると、その金庫がまるで紙製《かみせい》の箱のようにめりめりといって、こわれてしまうでしょう」
「いや、ヒトミさん。それはちがいます。重力がなくなっても、そんなことにはなりません。なぜといって、重力がなくなっても、鉄の強さとか紙のやわらかさとかには変りはないのです。鉄はやっぱりかたいし、紙はそれにくらべるとやわらかいです」
「地球とか月とかの方へ引きつけている力がなくなるだけなんですねえ」
「まあ、そうです。そのほか、そこらにある物同士がおたがいに引きあっている重力もなくなるわけですが、この方は、地球又は月の重力にくらべると小さいから、はじめからないのと同じようなものです。地球とか月とかは、他の物――たとえば建築物や大汽船にくらべてみても、とてもくらべものにならないほど大きいから、重力も大きく作用するのです。さあ、それでは今から宇宙艇ギンガ号の中へ案内しますよ」
「ポーデル先生は、どうなさるんですか」
「わしもいっています」
「いっていますとは……」
「わしはその宇宙艇ギンガ号の乗組員の一人に変装していますから、どの人がわしであるか、向うへいったら、ぜひ探してごらんなさい」
と、博士がことばを結んだと思ったら、急にあたりが暗くなった。
宇宙艇の食堂
停電のような闇だった。
どこからともなく、ごとごとごとと、機械のまわっている音が聞えてくる。と、あたりはだんだん明るさをとりかえしていった。
(おや、りっぱな部屋だ、広くはないけれど。……ここはどこだろうか)
と、東助はあたりを見まわした。
それは、大きな球の中を部屋にしたようであった。壁がまっすぐではなく、凹《くぼ》んで曲《まが》っていた。まん中に、横に長い机がおいてあり、腰掛もある。東助は、その腰掛にお尻をのせ、机に向ってほほづえをついている。
正面に窓口みたいなところがあって、それに紺色《こんいろ》の小さい幕がたれている。
その幕の間から、白い手がでてきた。
と、湯気のたっているココアのコップと、パイナップ
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