しょう。それからまた(ハ)の法則の世界に住むならば、神経衰弱どころではなくて、けがばかりしていなければならないでありましょう。われわれは(イ)の法則の世界に住んでいるから、たいへんしずかで、安全であります」
「その(ハ)の法則の世界というと、どんな法則なんですの」
「おお、まだ説明しませんでしたね。(ハ)の場合は、AB間の引力が距離に無関係な場合であります。つまり距離が近くても遠くても、引力は同じにはたらくのです。すると、距離に無関係で、ただABとの質量の大きさだけで、引力がきまります。そうなると、うるさいですよ」
「どんなにうるさいですか。そのような世界があったら、早く連れていって見せてください」
「それでは、その世界へいってみましょう。(ハ)の場合ですよ。引力が、距離に無関係である世界です。重ければ重いほど、引力が大きいという世界です。ほら。私が、ワン、ツー、スリーというと、その世界へ、みなさんがたは、はいってしまいますよ」
 そういったポーデル博士は、手を大きくふって、「ワン、ツー、スリー」と号令をかけた。
 すると今まで見えていた樽ロケットの中の一室が、とたんにぱっと消えた。そしてヒトミと東助とは、にぎやかな町のまん中にいた。
 とつぜん、どすんどすんと、大きな音がした。音のした方を見ると、大きなビルディングの屋上に近いところから、土けむりがあがり、建物の一部がこわれて、ばらばらと下に落ちてくる。
 あっ、通行人がたおれた。けがをしたんだ。バスが、ぺちゃんこになった。建物のかけらが、満員のバスの上に落ちたからだ。
「ややッ、たいへんだ。どうしたんだね」
「隕石《いんせき》のでかいのが落ちてきたんだ。めずらしいできごとだ」
 といっているとき、またもや大怪音《だいかいおん》だ。さっきのよりも、もっと大きい。
「おお、えらいことだ。五十五階の摩天《まてん》ビルが半分に折れて、あれあれ、あのようにこっちへ倒れてくるぞ。早くにげろ」
「どうしたんだ。あんな丈夫なビルが、二つに折れるなんて」
「とても大きい隕石《いんせき》が、ビルにぶつかったんだ。あたご山ぐらいの大きい隕石だったぜ。あんな大きなものにぶつかっては、どんなビルだってたまりゃしない。ああ、いけねえ、早くにげろ」
 ものすごい音響、つづいて、天地もくらくなるほどの土煙。東助はおどろいて、ヒトミの手をとってにげだした。
「どうしたんでしょうね、東助さん」
「あのことだよ。(ハ)の場合だよ。つまり引力は距離に無関係になったんだ。だから、どんな遠いところにあるものも近いところにあるものも、同じに引力がはたらくんだ。引力の大きさは、ただ、そのものの質量だけに関係するんだ。ということはね、軽い物は重いものにひきつけられるということなのさ」
「で、どうしたの、それが」
「だから、地球は大きいし、空をとんでいる隕石は小さいだろう、地球が隕石をみんなひきよせているんだよ」
「だって、今まででも流星《りゅうせい》というものがあって、隕石も落ちたでしょう。しかしこんなにたくさん落ちなかったわねえ」
「今までは、空の遠くをとんでいる隕石は、少しは地球の方へは引かれるけれど、遠くにあるものだから、結局、距離の自乗に反比例するという引力の法則によって、地球にはそれほど引きつけられず、他の方向へはずれていったんだよ。ところがね、(ハ)の場合だから、引力は距離関係がなくなり、重いものはどんどん軽いものを引張《ひっぱ》りつけることになったので、隕石はみんなこの地球へ引きよせられるのさ。まだまだ、たくさんの大きな隕石が降ってくるよ。地下室へはいらないと、あぶない」
「あれは何でしょう。空に大きな丸いものが見えますわ。あ、だんだん大きくなる。お月さまのようだけれど、お月さまにしては大きすぎるし……」
「たいへんだ。お月さまも、地球へ引張られて、こっちへ落ちてくるんだよ。これはたいへん、地球と月が、衝突する。地球がこわれてしまう。ぼくたちは死んじまうよ」
「ああ、困った。ポーデル先生」


   宙に浮《う》く


 ポーデル先生が、いつの間にか、二人の前でにやにや笑っている。
 あたりは、いつの間にか、前のとおり、樽ロケットの中になっていた。
「どうしましたか、ヒトミさん。東助君」
 二人は、ため息をついて、
「先生、こわかったですよ。引力は、やはり距離の自乗に反比例していてくれた方がいいですね」
「はじめて分りましたね。距離の自乗に反比例するということが、どんなにありがたいかということを」
 と、二人は、かわるがわるニュートンの発見した引力の法則をたたえた。いや、この世界が、そういう法則で支配される世界であることに、感謝をささげた。
「引力だけにかぎらず、磁力《じりょく》でも、電気の力でも、この世界はやはり、距離の自乗に反比例することが証明されています。たしかにこれはありがたいことなんです」
 と、博士はいって、ちょっとだまった。
「先生、距離の自乗に反比例ではなく、きっきの(ロ)の場合のように、距離に反比例するのなら、ぼくらの生活にさしつかえないのではありませんか」
「東助君がそういうだろうと思っていました。しかしねえ、東助君。(ロ)の場合になると、さっきもいったように、人間の身体に、他の大きな物体の引力が強くあたりすぎますから、人間は今よりもずっとからだが不自由になるし、おもしろくない力を外から受けなくてはならないのですよ。そういう世界へ、これからちょっと、案内してあげましょう」
「待って下さい、ポーデル先生。さっきの隕石で、もうこりごりですわ。とうぞ、そんないやな世界へお連れにならないで下さい」
「おやおや、ヒトミさんは、たいへんこりましたね。よろしいです。それでは、この窓から、(ロ)の場合の世界をのぞいていただくことにしましょう。どうぞごらんなさい。もう見えていますよ」
「えっ。もう見えていますか」
 二人は、窓へ顔をもっていって、硝子《ガラス》の丸窓の外へ目をやった。
 公園のそばの路を子供たちが、わいわいいいながら歩いている。
 すると、その後の方の子供が、忽《たちま》ちにすうーッと宙に浮いた。糸の切れた風船のように浮きあがったのである。
「あら、どうしたのかしら」
 と、まもなくその子供は下へおりてきた。その代り、その前にいた子供たちが、後の方から前の方へ、だんだんに宙づりになった。そしてやがてみんな元のようにおりた。
 それは奇観であった。
「先生。今のは、どうしたんですか」
 と、東助がたずねた。
 するとポーデル博士は答えた。
「今のは、すぐそばを飛行機が低空飛行で、子供たちの上を通ったからです。距離の自乗に反比例するなら、あんなことは起らないんですがね。もう一つ、別な光景を、見せましょう」
 ぱっと場面がかわる。
 田園都市の文化住宅の庭で、太った奥さんが、しきりに空を見上げて、
「おーい、おーい」
 と呼んでいる。
「あれは、何をしているのですか」
 と東助がきく。
「今に分ります。上から落ちてくるものがあります。それを見れば分ります」
 どすーンと音がして、空から庭のまん中に落ちてきたのは、藤《とう》の寝椅子だった。と思うまもなく、こんどはその上へ人間が降ってきて、どすン。
「ああ、痛い!」
「あなた。ほらごらんなさい。だから庭へ寝椅子《ねいす》をだして、おやすみなさってはいけませんと申したのに。これからは地下室でおやすみになるんですよ」
「分った、分った。これからそうするよ、ハックショ!」
 この家の主人は、顔をしかめて、うなずいた。
「どうしたのですか、あの男の人は」
「あれは、庭で寝ていたところへ、月がでたのです。月の引力で、あの主人は百メートルも上空へ引張りあげられていたのです。さっき月がかくれたから、また下へ落ちてきたというわけ。どうやら風邪《かぜ》をひいたようですね。お気の毒、あります」


   永久機関《えいきゅうきかん》


「水を高いところから下に落すのです」
 と、ポーデル博士が、東助とヒトミに語る。
「下には水車《すいしゃ》があります。さっきの水は、この水車がうけます。そこで水車がまわります。よくわかりますね」
「はい。わかります」
 水車というものは、みなそうしてまわるのである。なんのことだと、東助もヒトミも退屈の顔になる。
「その水車の力によって、こんどは水を下から上へあげます。その仕掛は、エスカレーター式なものでもいいし、鉱山で使う吊《つ》りバケツ式でもいいし、また吸上《すいあ》げポンプを動かすことにしてもいいです。とにかく下の水を上にあげます。こうして上げた水を、また下に落して水車をまわすのです。これをくりかえしたら、どんなことになるでしょうか」
 ポーデル博士は、そこで二人の顔をじっと見た。
 東助とヒトミは顔を見合わせた。
 そんなことをくりかえしたら、いつまでたっても、同じことがつづきそうだ。
 東助は、そのとおり答をいってみた。
「昔これを考えた人は、こうしてくりかえし水を落しては水車をまわし、水車の力で水を上にあげ、またその水を落し、こうしてやっていくと、ほかから力をあたえないでもその運動は永久につづくと思ったのです。ところが、それはあやまりでありました。そうはいかないのです。けっして永久にはつづきません。やがてとまってしまうのです。なぜだか、わかりますか」
 博士にそういわれると二人は困った、よくわからない。
「永久運動をする仕掛を、永久機関といいますが、これはもし本当にできることなら、たいへん便利な機械です。なぜといって、一度運転をはじめたら、あとは燃料も何も補充しないで何万年でも何億年でも、動きつづけるのですから。そこで、昔から、ずいぶんたくさんの発明家が、このような永久機関の発明に一生けんめいになったものです。全財産をそれにうちこんで、生命まで失った人もあります。おかしくなった人なら、数えることのできないほど、たくさんあります。とにかく永久機関は、どんなうまい仕掛であっても、それは実現できない機械なのです。おそろしい永久機関の魅力です。なんというふしぎな永久運動の謎でしょう」
 ポーデル博士は、しみじみといって、それから立上り、樽ロケットの操縦席についた。
「それでは、今日は、永久運動を研究している人たちを二三人、見学することにいたしましょう。その窓からのぞいてみて下さい。さあ、でかけますよ」
 樽ロケットはとびだした。あんまり早くとぶから、外には何にも形のあるものが見えない。ただぼんやりとした色と光が、まるで、雲のように去来するだけだ。
「ほら、ごらんなさい。あの人を……」
 博士がいう。すると、窓の外の景色が、しずかに停まった。
 ヨーロッパ人らしい。古い型の服を着ている。その人が大きな四角いゼンマイ時計の前で腕をこまぬいている。時計の長い針が、まわっている。じじッと音がしている。
「ポーデル先生。あの人は、なにをしているのですか」
 ヒトミが、たずねた。
「あのヨーロッパ人も、永久機関の時計を考えているのです。ゼンマイ針がまわります。針がまわれば、コイルに電気を誘導《ゆうどう》します。その電気で、小さいモートルをまわし、ゼンマイをまくのです。すると、時計は永久にひとりでまわっているはずだと、あの人は考えているのです」
「それはうまくいきますか」
「どうして、どうして。やっぱり永久機関ですから、うまくいきません」


   毛管現象《もうかんげんしょう》の利用


「もう一つ見学しましょう。とびますよ。すぐ近くです」
 ポーデル博士のことばが終ると間もなく、これもまた古い洋館の一間の中が見えた。品のある貴族がしきりに、水槽の中に、海綿のベルトを見つめている。
「あれが有名なるコングレープ卿です」
 と、ポーデル樽士が解説した。
「あの人は、なにをしているのですか」
「金属のベルトの内側に海綿《かいめん》がはりつけてあるものを作っておきます。これを1と2の二つの滑車《かっしゃ》にかけて、あのように一部分は水
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