番ゆっくり動いている白い道路へのり移るのです。のり移るときは、両足をそろえて兎《うさぎ》のようにぴょんととびのるのです。またいではいけません」
 博士は、ちょっとこわがる二人を両脇《りょうわき》に抱《かか》え、
「一ィ二ノ三ッ!」
 で、白い道路にとびのった。
 とびのって見れば、なんでもない。目まわりはしない。
「これは時速、わずかに五キロです。さあその次の青い道路へのり移りましょう。こうしてだんだんと速い道路へのり移っていくのです」
 なるほど、やってみれば、なんでもないことだった。この国では自動車や電車はほとんど使わず、みんな「動く道路」で交通をしているのだそうな。


   すばらしい事業《じぎょう》


 とうとう赤い道路へのり移った。
 その頃、あかるい町が両側にある地区へはいった。人がぞろぞろ歩いている。どうも日本人らしいが、早いのでよく分らない。
 そのとき東助は急に気にかかることができた。
「先生、ぼくたちは、これからどこへいくんですか。こんな動く道路にのっていると、しまいには海の中へ放りだされるのじゃないでしょうか」
「大じょうぶです。この動く道路は、海底国の広場へつづいているのです。まもなく、広場につきます。そろそろ、おそく動く道路の方へのりかえましょう」
 ポーデル博士は、東助とヒトミの手をとって、五|色《しょく》の路をぴょんぴょんと一つずつとび越えていった。
 きれいなにぎやかな町のすぐそばを、白い道路はゆるやかに走る。
「あ、日本人もいる。いや、日本人が一番多い。先生、ここは日本人の移民地《いみんち》ですか」
 東助は目をかがやかして、たずねた。
「ここは日本人がひらいた海底国です。国土のわりに人口がたいへん多すぎる日本人は、暮してゆくのにたいへん困りました。そこで考えたのは、海の底をひらいて、そこに住むことです。いや、住むだけではなく、海底にも陸地があるから、そこを掘れば陸にあると同じように、銅や鉄を含んだ鉱石や、石油や石炭もたくさんあるにちがいない。そういう信念と調査研究とを力として、この海底国をすこしずつ建設していったのです」
 ポーデル博士のお話によって、「なるほどなあ、海の底に陸地があるということを、すっかり忘れていたよ」と、東助は自分の頭のわるいのがはずかしくなった。
「さあ、広場が見えだしました。おりましょう」
 ポーデル博士と共に白い道路から、動かない舗道《ほどう》の上へとび移った。
「ああ、きれいだこと。りっぱな広場ですわねえ」
「広いなあ。こんなりっぱな広場を見たことがない」
 広場は円形になって、二万坪はある。そのまわりに、何十階という高層建物がたちならんでいるが、その一つ一つが、形や色彩がかわっている上に、その調和がじつにうつくしい。広場のまん中には、噴水塔があり、水晶のようなしずくが下におちて、大きな水盤《すいばん》にたまる。空は青くかがやいている。
「はてな。ここは海の底でしょう。それだのに、なぜあんなに空が青くかがやいているのですか」
「もっともな疑問です。あれはね、東助君。ほんとうの空ではなく、青と同じ色のガラスが天井にはりつめてあるのです。そしてその上に太陽と同じ光をだす電灯がついているのです。しかし海底国にいながら、よく晴れた空が見えるようで、この国の人々はこの広場に集り、いい気持になるのです」
「なるほど。でもほんとうの太陽でないと、からだに必要な紫外線《しがいせん》なんかが含まれていないから、よくありませんね」
「そんなことは、ちゃんと衛生官がしらべてあります。そしてあの光の中には高原に近いほどの紫外線がふくまれているのです。ですから陸上の都会に住んでいる人たちよりは、ずっと強い紫外線にあたっているわけで、そのしょうこには、海底国では病人がひじょうに少いのです。陸上の三分の一ぐらいです」
 博士の話を聞けば聞くほど、海底国はいいところである。
「先生、この海底国の人たちは、どんな仕事をして、生活をささえていますの」
「いろいろな仕事があります。物を売る店の商売なんか大したものではありません。主な仕事は、海底を掘って、貴重な鉱物をとること、いろんな深さの海でお魚をとること、海水の中から金をとったり、貴《とうと》い薬品をつくったりすること、地熱を利用して、発電したり、物を温《あたた》めたりすること、建築用の水成岩《すいせいがん》を掘りだして切って石材《せきざい》にすること……かぞえていくと、きりがありません」
「まあ、ずいぶんたくさん仕事があるのですね。陸上よりは忙《せわ》しいぐらいね」
「そうです。なかなか利益をあげています。さあそれでは海底|採鉱場《さいこうじょう》を先に見て、それから海底|漁場《ぎょじょう》の方へ案内してあげましょう」
 博士は二人の手をひいて、広場をあとにした。そのとき東助がとつぜん大きな声をあげた。
「あそこに電車がとまっていますが、東京行きと書いた札をぶら下げていますよ」
「そうです。本土との間を、あの地底列車が連絡しているのです。帰りはあれに乗りましょう」
 しばらくいくと、ヒトミがおどろきの声をあげた。
「あら、あそこで売っている新聞の日附が、昭和四十三年五月となっていますわ。どうしたんでしょう」
 すると博士はにやりと笑っていった。
「そうです。今は昭和四十三年です。今や原子力時代となり、巨大な原子力が使えるから、こんな海底国の大工事も、なんの苦もなくできてしまったんです。早く死んでしまった人に、海底国の話をしても、きっとほんとうにしないでしょうね」


   力の神秘《しんぴ》


 美しいチューリップやカーネーションやヒヤシンス、ゼラニウム、シクラメンなどの花をあつめ、外をアスパラガスの葉で包んだ花束を持ったヒトミと東助が、雑草ののびた野原のまん中さしてはいっていく。
 いわずともみなさんはごぞんじ、今日は二人がポーデル博士を訪問する日だ。博士は月に一度、二人をふしぎな国に案内してくださる。先月は海底都市へ連れていってもらった。先々月は大宇宙のはてまで案内してもらった。さて今月はどんなふしぎな世界にひっぱっていってくださることだろうかと、二人は足をいそがせる。
 樽ロケットに腰をかけていたポーデル博士が立上って、二人の方へ手をふった。
「先生、こんにちは」
「先生。今日は花束をさしあげようと思って持ってまいりました」
「ほう、ほう。なかなかきれいな花です。たくさんの花です。ありがとう、ありがとう」
 ポーデル博士は、ひげをゆすって、うれしくてたまらないという風に、にこにこ顔。
「それでは、これを樽ロケットの中の花活《はないけ》にいけましょう。さあヒトミさんも東助君も、いっしょにおはいりなさい」
 みんなは、樽ロケットの中へはいった。
「先生。今日はどんなにふしぎな国へ連れていって下さるのですか」
「今日はですね、ふしぎな力の国へご案内いたします」
「ふしぎな力の国って、どんなところですの」
「みなさんは、ここにAとBと、二つの物があるとき、この二つの間に、引力《いんりょく》という力がはたらいて、たがいにひっぱりっこをしていることを知っていますか」
「引力なら、知っています」
「よろしい。その引力の法則を知っていますか。ニュートンが発見したその法則です。どうですか、東助君」
「引力の法則は、だれでも知っていなくてはならない法則だから、ぼくもよくおぼえていますよ。――二ツノ物体ノ間ノ引力ハ、ソノ二ツノ物体ノ質量ノ積《せき》ニ比例シ、二ツノ物体ノ距離ノ自乗《じじょう》ニ反比例《はんぴれい》スル。――これでいいのでしょう」
「それでよろしいです。つまり、ここに物体Aと物体Bの二つだけがあったとします。物体の間には引力がはたらくのです。その引力の大きさは、今も東助君がいったとおり、AとBの質量――これは重さのことだと考えていいのですが、大きければ大きいほど、引力は大きい。また、AとBとがどのくらいはなれているか、その距離が近ければ近いほど、引力はずっと大きい。距離が遠くなると、引力はずっと小さくなる。この距離と力の関係のことを、今日はとりあげて、おもしろい光景をお見せしますが、これはなかなか人類にとって、ありがたい法則なのであります」
「先生。今日はお話がむずかしくて、よく分りませんわ。もう一度いって下さい」
「ほう、ほう。そんなにむずかしいことありません。引力の法則などというから、むずかしく聞えますが、そんなに頭をかたくしないで、私のいうことだけ、考えてみて下さい」
「はい。そうします」
「いいですか、ヒトミさん。引力はね、物体Aと物体Bの距離の自乗に反比例するのです。ははは、それ、むずかしい顔になりました。それ、いけません――。AとBの距離が一メートルの場合と二メートルの場合と、引力は、どんなにちがうか。それを今申した法則をあてはめて、考えてみましょう。ヒトミさん、あなた計算してごらんなさい。わけなく、できます」
 ヒトミは、小首をかしげたが、おずおずと口をひらいた。
「二つの物体の距離に――いや、距離の自乗に反比例するのですから、距離が一メートルの場合は一の自乗はやはり一です。この一に反比例するんだから、分数にして、一分の一。一分の一はやはり一です」
「それから距離二メートルの場合は、どうなりますか」
「二メートルの場合は、二の自乗というと、二に二をかけることだから、二二が四で、四です。反比例だから、この四の逆数《ぎゃくすう》は、四分の一。小数にして〇・二五です。これでいいでしょうか」
「計算はいいですが、その意味はどうなりますか」
「さあ……」
「ABの距錐が一メートルのときは、引力は一。二メートルはなれていると〇・二五。ですから、距離が二倍になると、引力は四分の一になるのです。もし距離が三メートルになって、三倍になると、引力の方は九分の一、つまり、〇・一一に弱まります。分りますか」
「ええ。分ったような、分らないような……」
「それでは、図にかいてみましょう。そうすると、よく分るでしょう」
 博士は席を立って、奥へいった。


   隕石落下《いんせきらっか》


 まもなく博士は、巻いた紙を持ってきた。
「これをごらんなさい。図面が三つありますよ」
 博士が紙をひろげると、(イ)と(ロ)と(ハ)の三つの図面が並べてあった。
[#図1、引力と距離の関係図(イ)(ロ)(ハ)]
「この(イ)の図が、今考えた距離の自乗に反比例する場合です。太い曲線が、がけのように下りていますね。その曲線の高さが引力をあらわしています。距離が一メートルのところでは引力が一。二メートルでは〇・二五。三メートルでは〇・一一と、急に引力が小さくなっていきます。そのことがこの図で分るでしょう」
「ええ、分りますわ」
「(イ)の場合は、距離の自乗に反比例しましたが、(ロ)の場合は、距離に反比例するとしたら、どうなるだろうか、それを図にしてみたのです」
「自乗に反比例ではなく、ただ『反比例』する場合のことですか」
「そうです。ですから、(ロ)の場合は、ABの距離が一メートルなら、その逆数は一。距離が二メートルなら、その逆数で二分の一。つまり〇・五ですね。距離が三メートルなら、その逆数で三分の一。つまり〇・三三。(ロ)の場合の曲線と、前の(イ)の場合の曲線とをくらべてみますと、(ロ)の方がずっと、いつまでも力が減りませんね」
「ええ」
「そうでしょう。距離一メートルのところでは、どっちも同じですが、距離三メートルになると(イ)の場合は〇・一一に減るのに、(ロ)の場合は〇・三三にしか減らない」
「ポーデル先生。そんな計算ばかりしていて、それがどうなるのですか。早くふしぎの国へ連れていって下さい」
 東助が、すこしたいくつの顔であった。
「この計算がね、ふしぎの国の案内書でありますよ。われわれは、(イ)の法則の世界に住んでいるから幸福なので、もし(ロ)の法則の世界に住んでいるとしたら、とてもそうぞうしくて、胸がどきどき、頭がぴんぴん、神経衰弱になるで
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