草《かいそう》の林も七色の魚群もうしろに走り去って、あたりは急にうすぐらくなった。軟泥《なんでい》を背景として、人骨がちらばっており、深海魚《しんかいぎょ》の燐光《りんこう》が気味《きみ》わるく点《つ》いたり消えたりするところもとび越えて、底知れぬ岩の斜面《しゃめん》にそっておりていく。その先にあるのは竜宮城《りゅうぐうじょう》か、それとも海魔地獄《かいまじごく》か。
 とつぜん樽ロケットが強力な探照灯《たんしょうとう》をつけたらしい。前方がぱっと明るくなった。
「ああ、きれいだこと」
 ヒトミがさけんだ。
「おや、なんだろう、あれは……」
 東助は目をみはった。
 見よ、行手の海底から何百条何千条というたくさんの白煙が下から上へと立ちのぼっている――いや、白い煙ではなかった、それは柱であった。みんな一様にやや倒れそうに傾いているのが、煙のように見えたのだ。
 そのおびただしい白い柱《はしら》の根元《ねもと》には、同じ色のガス・タンクのようなものが一つずつあった。そばへ寄ってみると、たしかに大型のガス・タンクほどの大きさなのでおどろいた。
 上へのびている柱は、いずれも大汽船の煙突よりも太かった。そういう大きな柱が林のように並び、上の方へのびて、はては海水にかすんで見えなかった。いったいこれは何であろうか。
 そのとき樽ロケットは、海中の柱の林をぬって進んでいたが、急に頭を下へ向け、柱にそっておりていった。やがて例の大型のガス・タンクのようなものの上に停る。
 タンクの屋根は平《たい》らになっていた。そして黒い線でたくさんの円がかいてあり、その円には数字が書きいれてあった。樽ロケットは(8)という円の中にのっていた。
 とつぜん(8)の円がへこんだ。
 へこんだのではない、樽ロケットをのせたまま円盤が下りていく。
「どうしたんですか、ポーデル先生」
 先生は操縦席から立って、こっちへくる。
「もうついたのです。海底国へついたのですよ。あとはむこうが樽ロケットごと、うまく中へいれてくれます」
「海底国ですって」
「そうです。私たちは海底国の入口にいるのです。五|重《じゅう》の扉が順番に開いたり閉ったりして、私たちを中へ入れて開かれます。
「五重の扉ですか。それは何ですか」
「海水を中へ入れないために、扉を五重にしてあるのです。またおそろしい水圧から海底国内の気圧にまで、順番に下げていくのです。そうしないと、乗り物も人間も、圧力のかわりかたがはげしいために壊《こわ》れたり、からだが破れたり内出血《ないしゅっけつ》したりします」
 なるほど、そういうものかと、東助とヒトミは目をみはった。
 数字をかいた円盤は、エレベーター仕掛《じか》けになって上り下りできるようになっていた。それは樽ロケットをのせて二の扉のところまで下ると、第一の扉が横からすべりでて始めのように穴をふさぐ。それから圧搾《あっさく》空気が、いっしょにはいりこんだ海水を外へ吹きとばす。
 するとこんどは第二の扉が樽ロケットをのせたまま、第三の扉のところまで下る。第二の扉のところが閉《し》まる――という風に、扉は開いたり閉ったりして、やがて五つの扉の全部を通って、樽ロケットは一つの大きな部屋におちついた。
「さあ、でましょう」
 ポーデル先生は、いつの間にか外出の姿になっていて、東助とヒトミをうながした。
「海底国見物ですね」
「海底国はどんなところかしら。どんな人が住んでいるんでしょう」
「まあ、おちついて、よくごらんになれば分ります」
 先生はそういった。
 三人が樽ロケットをでると、この大きな部屋の一方に戸口《とぐち》ができていた。
 戸口をでたところに、これも広いプラットホームみたいなものがあった。そしてそのホームとホームの間には、川が流れていた。
「こんなところに川が流れているわ」
「いや、それは川ではありません。『動く道路』です」
「動く道路というと、なんですの」
「道路が走っているのです。九本の道路が並んでいますが、両側とも外のが白。それから青、橙《だいだい》色、藍《あい》、赤となって、まん中が赤です。白が一番おそく走っている道路で、となりへいくほど速くなり、まん中の赤の道路が一番速く、時速百キロで動いています」
 なるほど、なるほど、川ではない。動いているから川が流れているのかと思ったのだ。しかし川ではなく、博士のいったとおりに道路が動いているらしい。
「すると、動く道路というのは、ふつうの土やコンクリートじゃないのですね」
「そうです。一種のゴムです。適当な摩擦《まさつ》をもっていて、弾力《だんりょく》も頃あい、そして丈夫なことにかけては、巨人やブルトーザがのっても平気で、きめられたスピードで走るのです。さあ、私たちもあれにのりましょう。はじめの外側の一
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