なったように見えるでしょう。重さがなくなると、どんなことになりますか」
「大きな岩でも鉄の金庫でも、指一本でもちあげられるでしょうね」
 と、東助がいった。
「そうです。もっと外《ほか》のことも考えられますか」
「ああ、そうだわ。鉄でこしらえてある金庫に腰をかけて、お尻にうんと力をいれると、その金庫がまるで紙製《かみせい》の箱のようにめりめりといって、こわれてしまうでしょう」
「いや、ヒトミさん。それはちがいます。重力がなくなっても、そんなことにはなりません。なぜといって、重力がなくなっても、鉄の強さとか紙のやわらかさとかには変りはないのです。鉄はやっぱりかたいし、紙はそれにくらべるとやわらかいです」
「地球とか月とかの方へ引きつけている力がなくなるだけなんですねえ」
「まあ、そうです。そのほか、そこらにある物同士がおたがいに引きあっている重力もなくなるわけですが、この方は、地球又は月の重力にくらべると小さいから、はじめからないのと同じようなものです。地球とか月とかは、他の物――たとえば建築物や大汽船にくらべてみても、とてもくらべものにならないほど大きいから、重力も大きく作用するのです。さあ、それでは今から宇宙艇ギンガ号の中へ案内しますよ」
「ポーデル先生は、どうなさるんですか」
「わしもいっています」
「いっていますとは……」
「わしはその宇宙艇ギンガ号の乗組員の一人に変装していますから、どの人がわしであるか、向うへいったら、ぜひ探してごらんなさい」
 と、博士がことばを結んだと思ったら、急にあたりが暗くなった。


   宇宙艇の食堂


 停電のような闇だった。
 どこからともなく、ごとごとごとと、機械のまわっている音が聞えてくる。と、あたりはだんだん明るさをとりかえしていった。
(おや、りっぱな部屋だ、広くはないけれど。……ここはどこだろうか)
 と、東助はあたりを見まわした。
 それは、大きな球の中を部屋にしたようであった。壁がまっすぐではなく、凹《くぼ》んで曲《まが》っていた。まん中に、横に長い机がおいてあり、腰掛もある。東助は、その腰掛にお尻をのせ、机に向ってほほづえをついている。
 正面に窓口みたいなところがあって、それに紺色《こんいろ》の小さい幕がたれている。
 その幕の間から、白い手がでてきた。
 と、湯気のたっているココアのコップと、パイナップルの缶詰とがあらわれた。白い手は幕の中に引っこんだ。
 すると横手の戸があいて、ウェイトレスがでてきた。見るとそれはヒトミによく似ていた。しかしずっと年は上で、大人に近かった。
 ヒトミにちがいないのだが。……
「お待ちどうさま、三等機関士さん。どっちも上等の品ですよ。ほっぺたが落ちないように。……ほほほほ」
 そういいながら、ココアとパイナップルの缶詰を、東助の前においた。
(えへへ、おれのことを三等機関士なんていったぞ)
「今日は、食堂はひまなんだね」
 東助は、すらすらと、そういった。口がひとりで、ぺらぺらと動きだしたのである。ふしぎなこともあればあるものだ。
「もう五分もすれば交替時間ですから、みなさんいらっしゃると思うわ」
「ああ、そうか。僕は修理で時間外に働いたから早く終《しま》ってでてきたんだ」
「どこを直していらっしたの」
「超音波の発生機だ。困ったよ。こんど故障を起すと、人工重力装置がきかなくなると思うね。そうしたら一大事だよ」
「そうすると、どうなりますの」
「そうするとね、今ちょうど地球の引力と月の引力が釣合っている重力|平衡圏《へいこうけん》をわがギンガ号は飛んでいるんだが、もし人工装置がきかなくなると、艇内に重力というものがなくなって、皿がとんだり、天井に足がついたり、たいへんなことになるよ」
「まあ、たいへんね。そんなことになっては困りますわ。なぜもっと安全なように艇をこしらえておかなかったんでしょう」
「人工重力装置はぜったいに故障を起さないものとしてあったんだが、昨日大きな隕石《いんせき》が艇の機関室の外側へぶつかったことを知っているね。あれ以来、どうも調子がよくないんだよ」
「困ったわねえ。重力は停電のように、ぴしゃりと消えちまうものなの」
「いや、じわじわと重力がへってくるだろう。しかし七八分たてば重力は完全に消えるだろうね」
 東助は、とくいになって話しながら、パイナップルの缶詰を、缶切《かんきり》でひらいた。
「ああ、いい匂いだ。うまいぞ、このパイ缶は。……おや」
 東助が、さっと顔色をかえた。
「どうなすったの、三等機関士さん」
「からだが急にふわっと軽くなった。あんたはどう。そう感じない」
「あらッ、へんよ。あたしも、からだがふわっと軽くなりました。どうしたんでしょうか」
「いよいよ、おいでなすったんだ」
「えっ、何がおい
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