。ああ、すばらしい思いつきではないか。そしてぼくは遂にその偉大なる仕事をやりとげたのだ。ごらんの通りだ。
 ここにあるぼくの身体が見えるかい。硝子板は見えるが、ぼくの身体は、どう透《すか》してみようが決して見えないのだ。ぼくの身体をこしらえている細胞は、或る方法によって変えられ、空気の中では全く見えなくなっているのだ。しかし細胞を変えるときには前後十時間、死ぬような苦しみをした。説明もなにもできないような苦しみを……」
 ごとごとごとと、ビーカーの中の湯が沸騰《ふっとう》をはじめた。
「ぼくは、さっきもいったように、第一番に一本の紐を見えないものにした。その次、第二番目には、動物にそれをためして見た。一ぴきの仔猫が、いつも窓の向こうへのぼって日なたぼっこをしていた。ぼくはその仔猫を実験に使おうと思った。ぼくは、そっと硝子《ガラス》窓をあけて、喰いのこした鰊《にしん》を見せた。仔猫は何なく中へ入ってきた。
 仔猫が満腹して、椅子の上で睡《ねむ》りだしたとき、ぼくはモルフィネを注射して、完全に睡らせてしまった。二十四時間は睡りつづけるだろう。ぼくは仔猫を抱きあげて、ダイナモの前においた。それから念入りに装置をしかけ、仔猫の細胞をかえにかかった。五時間を過ぎると、仔猫の身体はだんだん白っぽくなってきた。それから手足の先が、ぼんやりしてきた。七時間目には、仔猫は目をふさいだままだったが、あばれだして、口からものをはきちらした。よほど苦しいらしい。そして一時間たった。遂に仔猫の身体は見えなくなった。しかし手をやってみると、仔猫の身体はちゃんと台の上にあった。
 だが仔猫の姿はまだ完全に見えなくなったわけではなかった。うすい青い丸い玉が二つ、台の上三センチばかりのところに宙に浮んでいた。それは猫の眼玉だった。なかなか色のぬけないのは、眼玉のひとみの色と毛の色、それから血の色だった。だから仔猫の眼玉が完全に消えてしまったのは二十時間後だった。
 ぼくは手さぐりで、仔猫をゆわえてあるバンドをといた。そして部屋の隅の箱の中に移した。それからぼくは睡った。この実験のために非常に疲れていたから。
 長い睡りから目をさました。猫の声がうるさく耳についたからだ。起きあがったが、猫の声はするが、姿は見えない。ぼくは直ぐ気がついた。『しまった、猫を紐でしばっておくんだった』と。ぼくはそれから部屋の中をぐるぐるまわって、猫の声を目あてに追いかけた。だが、なかなかつかまらない。そのうちにぼくは、箒《ほうき》で硝子窓を壊《こわ》してしまった。猫の声がしなくなったのは、それから間もなくのことだった。見えない猫は、硝子の穴から外へとびだしたのにちがいない。
 だからこの世の中に、見えない猫が一ぴき、すんでいるのだ。気をつけて下さいよ、その猫にいきあたったら。いつその猫に、のどをかき破られるか分らないんだ。気が変な猫になっているのだからね。……え、何か今、あなたがたの足の下を走ったって。ああ、あの透明猫かもしれない」
 そのとき東助とヒトミは、たしかに猫の声を聞いた。この部屋の戸棚の上に。……だが猫の姿も見えなかったし、語り手の姿も同様に全く見えなかった。二人の前に見えるのは、ビーカーから高くたちのぼっている湯気《ゆげ》ばかりだった。


   蠅《はえ》のテレビジョン劇


 ふしぎなポーデル博士の、ふしぎな国々への案内はつづく。
 東助とヒトミは、ポーデル博士の操縦する樽ロケット艇にのって、ふしぎな旅をつづける。
「博士。こんどはどんなふしぎな国へつれていって下さるんですか」
 東助が、顔をかがやかして、きいた。
「こんどは、なかなか深刻《しんこく》なところへ案内いたします」
「深刻なところって、どんなところですの」
 ヒトミも座席から、からだをのりだす。
「蠅《はえ》の社会へ案内いたします」
「あら、蠅の社会が深刻なんですか」
「蠅の考えていること、人類にとってはなかなか深刻あります。これから私案内するところは、蠅が作り、そして蠅が演《えん》ずるテレビジョン劇であります。それをごらんにいれます」
「まあ、すてき。蠅でも劇をするんですの。しかもテレビジョン劇なんて、あたらしいものを」
「人類は、人類のこととなるとわりあいによく知っていますが、その他のこと、たとえば馬のこと、犬のこと、兎のこと、毛虫のこと、蠅のことなどについては、あまりに知りません。それ、よくありません。蠅が何を考えているか、それらのこと、よく知っておく、はなはだよろしいです」
 ポーデル博士は、いつになく深刻な顔つきになって、そういった。
「その蠅のテレビ劇を見るには、どこへいけばいいんですか」
「ヒマラヤ山の上へのぼります。そして山の上から下界《げかい》に住む蠅の世界がだすその電波を受信しましょ
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