ところへも届く」
「それはそうだね」
「あの金博士の意地悪《いじわる》め。僕は、英艦隊を一挙《いっきょ》にして撃沈《げきちん》したいため、うまうまと博士の見え透《す》いた悪戯《いたずら》に乗せられてしまったんだ。ちくしょう、ひどいことをしやがる」
「……」
ロッセ氏は、天に向って、しきりに博士の名を呪いながら、停っては歩き、そして又停っては歩きした。よほど口惜《くや》しそうだった。
私は、博士のことを、そんな人物だとは思わないが、ロッセ氏から、のろのろ砲弾についての討論を聞いているうちに、だんだんと氏のいうところも尤《もっとも》だと思うようになった。
「なるほど、反対条件だねえ」
「博士よ、豚に喰《く》われて死んでしまえ」
「まあ、そういうな。背後《うしろ》をふりかえってから、ものをいって貰おうかい」
ふしぎな声が、とつぜん、私たちのうしろから聞えたので、私ははっと思った。
「誰だ?」
「あっ!」
生れてからこの方、私はこんなに愕《おどろ》いたことは初めてだった。悲鳴をあげると共に、私は愕きのあまり、鋪道《ほどう》のうえに、腰をぬかしてしまった。なぜといって、私が振り返ったとき、そこには声をかけた筈《はず》の誰もいなかった。しかし何物も居ないわけではなかった。私は、まっ黒の、大きな筒《つつ》のようなものが、私の背中にもうすこしで突き当りそうになっているのを発見して、愕いたのである。それは、どう見ても、口径《こうけい》四十センチはあると思う大きな砲弾であったのである。
「どうだ。この砲弾が見えるかね」
砲弾が、ものをいった。ふしぎな砲弾であった。そういいながら、砲弾は、私の鼻先《はなさき》を掠《かす》めてそろそろと向うへ、宙を飛んでいった。大体地上から一メートルばかり上を、上から見えない針金《はりがね》で吊《つ》られたかのように落ちもせず、すーっと向うへいってしまった。そして最後に、私は、その砲弾が辻《つじ》のところを、交通道徳《こうつうどうとく》をよく弁《わきま》えた紳士のように、大きく曲《まが》ったのを見た。そして間もなくその怪《あや》しい砲弾は、ビルの蔭に見えなくなってしまった。なんというふしぎなものを見たことであろうか。夢か? 断《だん》じて夢ではない。
ふと、傍《かたわら》を見ると、ロッセ氏も、鋪路《アスファルト》のうえに、じかに坐っていた。氏も
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