に参りましたのは、私には斯《か》くのとおりの捜査手順がついて居りますことをお知らせいたし、すこしでも御安心願おうと存じまして……」
「聞きましょう、君の話を。犯人の素性その他について、聴取しましょう」
 伯爵はややがっかりしたが、やがて思い直して探偵にそういった。
「これは私でなくては図星《ずぼし》を指す者は居ないのでございますが、この犯人は、かの憎むべき奇賊烏啼天駆の仕業《しわざ》でございます」
「なに、ウテイ・テンクとは何者です。それが色白の女賊の名ですか」
「いえ、違います。二人組の男の方が、烏啼天駆なんで。こ奴《いつ》は、すこぶる変った賊でございまして、変った物ばかり盗んで行くのです。建物から一夜のうちに時計台を盗んでいったり、科学博物館から剥製《はくせい》の河馬《かば》の首を盗んでいったり、また大いに変ったところでは、恋敵《こいがたき》の男から彼の心臓を盗んでいったりいたしました」
「残酷なことをする。憎むべき殺人鬼だな」
「いや、殺人はいたしませぬ」
「しかし恋敵の男から心臓を抜けば彼は死んでしまう」
「ところが奇賊烏啼の堅持する憲法としまして“およそ盗む者は、被害者に代償を支払わざるべからず。掏摸《すり》といえども、財布を掏《す》ったらそのポケットにチョコレートでも入れて来るべし”てなことを主張して居りまする奇賊――いや憎むべき大泥坊でございます。そんなわけで、こちらの御盗難の場合においても、代償として別の画をはめていったものでありまして、稀《まれ》に見る義理堅い――いや、憎みても余りある怪々賊であります」
「なるほど。これは奇々怪々だ」
 伯爵は奇賊烏啼天駆の話が初耳だったので愕いた。然《しか》し袋探偵の言葉の中に、ちょいちょい耳ざわりなところがあるのが気になった。或る箇所では、探偵は烏啼を尊敬しているようにも聞える。
 実は、これは深い由緒《ゆいしょ》に基く。賊の烏啼と探偵の袋とは、永年追駆けごっこをしているのだ。お互いに背負い投げをいくども喰い、そしてにがい水をお互いにふんだんに呑ませ合った仲であった。年月が経るに従って、こんどこそ相手をとっちめてやるぞという決心がむらむらと湧いて来ると共に、相手に対する奇妙な懐しさも湧いて来るという始末であった。これも人情の機微であろう。
「で、その烏啼とやらが、僕の名画を盗んだことを白状したのかね」
「いえい
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