は痩《や》せ衰《おとろ》えるばかりで、非常に電波に妨害されて居ります。先生のお力を以てこの電波を止めて戴きたい」と言うのです。
これは一種の病人でありまして、その頃勤め先の役所へも、度々そういう投書が来ました。私の所へ来る電波は、こちらから見て居ると、放送局のマイクロフォンの前で三人の男が並んで居る。二人は髭《ひげ》がないが、一人は髭がある。眼鏡を掛けたのが二人と髭のあるのが一人いて、それが何時も私に向って罵詈雑言《ばりぞうごん》を致します。いくら止めろと言っても止めませぬ。しかも受信機がなくてこれが聴えるから、洵《まこと》に始末が悪い。安眠も出来ないから、お止《や》めを願いたいというのであります。
さて、乗込んで来た人物を見ると、洵に眼つきから何から只者でない。生憎《あいにく》私の部屋なるものが、袋小路《ふくろこうじ》の突当《つきあた》りみたいな部屋でして、どうにも逃げる隙《すき》がない。そこでいろいろ考えたのですが、丁度|最前《さっき》の友達が死んで間もなくであったものですから、咄嗟《とっさ》に思いついてその友達の話をすることにしたのです。
それから私は落ち着き払ったような恰好をして「それは誠にお気の毒である。実はそういう電波があります。これは心霊波《しんれいは》と名付けますが、人間のうちでも誠に感度の良い人でないと、この電波は分らぬ。実は私の最も信用する友達で、最近心霊波の研究をするために自《みずか》ら自殺をしたのがあります」という話に移りまして、「あの世とこの世との交通が心霊波で結ばれ、そのために霊媒という受信機みたようなものもある。結局これは心霊波の元締《もとじめ》をやって居る守護神《しゅごじん》というものに頼んで、その電波を止《と》めて貰うより仕様《しよう》がない、あなたをひとつ心霊研究会へ御紹介するから、行ってごらんになったら宜《よ》かろう」とその患者さんに名刺を渡して先方《むこう》へ行って貰うと同時に、私は心霊研究会へ電話を掛けまして「今|斯《こ》う斯《こ》うした人が行くから、宜《よろ》しく頼む」とやりました。
これで危難を逃れた形ですが、到頭《とうとう》一年ほど経ちまして、その男が元気になってやって参り、「私は愈々《いよいよ》郷里《くに》へ帰ろうと思います。郷里の方も大変忙がしく、それに電波ももうこの頃じゃ殆んど聴えない。その上心霊研究会へ一日に一円ずつ払って(笑声)やっても居られませぬから、一応郷里へ帰って参ります」と、非常にせかせか[#「せかせか」に傍点]と私に礼を言って帰りましたが、多分それは正気になってしまったんだろうと思うんです。結局そうして見ると、これは矢張り心霊研究会の威力であったんだろうと思うのです。
底本:「海野十三全集 別巻2 日記・書簡・雑纂」三一書房
1993(平成5)年1月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1935(昭和10)年7月号
※初出は、大下宇陀児、浜尾四郎、甲賀三郎、江戸川乱歩、城昌幸、木々高太郎、小栗虫太郎、海野十三の原稿を、座談会形式で集めた「持ち寄り奇談会」。そこから、海野の執筆分を抜き出し、「あの世から便りをする話」とした底本には、他の「出席者」の「発言」が付されていますが、著作権の切れていないものが含まれているので、このファイルにはおさめませんでした。
入力:田中哲郎
校正:土屋隆
2005年1月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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