子を鳴らすための力がなければならぬ。その力の元は何であろうか。
「はて、何だろう?」敬二は窓越しに、深夜の地上を見やった。どの建物の屋根も壁も窓も、すっかり熟睡しているように見える。怪しき力の元は、どこにも見当らない――と思ったそのとき、ふと敬二の注意をひくものが……。
「おや、あれは何だろう」それは芒《ぼう》ッと、ほの赤い光であった。二百メートルほど先の、東京ビルの横腹を一面に照らしている一大火光《いちだいかこう》であった。はじめは火事だろうかと思った。火事ならたいへんだ。火は一階から四階の間に拡っているんだから、だが火事ではない。赤い光ではあるが、ぼんやりした薄い色なんだから。
 その大火光は、ときどき息をしていた。ビビビーン、ビビビーンと窓硝子の音が息をするのと同じ度数《どすう》で、その大火光もパパーッ、パパーッと息をした。だから敬二は、窓硝子の怪音と東京ビルの横腹《よこばら》を照らす火光とが同じ力の元からでていることを知った。さあ、こうなるとその火光がどうして見えるんだか、早く知りたくなった。
 敬二は、寝衣《ねまき》を着がえて、早速《さっそく》あの東京ビルの横にとんでいってみようかと思った。でも、すぐそうするには及ばなかった。というのは、その怪しき大火光の元が分るような、不思議な怪物が、敬二の視界のなかにお目見得したからである。それは丁度、東京ビルの横に、板囲《いたがこ》いをされた広い空地《あきち》の中であった。そこには黄色くなった雑草が生《は》えしげっていて、いつもはスポンジ・ボールの野球をやるのに、近所の小供《こども》や大供《おおども》が使っているところだった。その平坦《へいたん》な草原の中央とおぼしきところの土が、どういうわけか分らないが、敬二の見ている前で、いきなりムクムクと下から持ちあがって来たから、さあ大変! 東京ビルの横腹を染めていた大火光は、その盛りあがった土塊《どかい》のなかから、照空灯《しょうくうとう》のようにパッとさし出ているのであった。地面の下からムクムクと頭をもちあげてきたものは、一体何だろう。


   深夜の探険


 敬二はもうじッとして居られなかった。
「――原庭先生のおっしゃったのは、これじゃないかなア。人間の知らない変な生物が、地面の下をもぐって出てきたのではなかろうか。ウン、そうだ。もっと近くへ行って、何が出てくるか、よく見てやろう」もう、敬二は怕《おそ》れ慄《ふる》えてばかりいなかった。何だか訳のわからぬ不思議なことが始まったと気づいた彼は、その怪奇の正体を一秒でも早くつきとめたいと思う心で一杯だった。
 敬二は寝衣《ねまき》をかなぐりすてると、金釦《きんボタン》のついた半ズボンの服――それはこの東京ビルの給仕《きゅうじ》としての制服だった――を素早《すばや》く着こんだ。そしてつっかけるように編《あみ》あげ靴《くつ》を履《は》いて、階段を転《ころ》がるように下りていった。彼の右手には、用心のたしにと思って、この夏富士登山をしたとき記念のために買ってきた一本の太い力杖《ちからづえ》が握られていた。敬二が一生懸命にいそいで、例の空地の塀《へい》ぎわに駈けつけたときには、空地の草原を下からムクムクと動かしていた怪物は、すでに半分以上も地上に姿を現わしていた。敬二はハアハア息をはずませながら、それを塀の節穴《ふしあな》から認めたのである。
「おおッ。あれは何だろう。――」土を跳《は》ねとばして、ムックリと姿をあらわしたのは、まるで機械水雷《きかいすいらい》のような大きな鋼鉄製らしい球であった。球の表面は、しきりにキラキラ光っていた。よく見るとそれは怪球の表面がゴム《まり》毯のようにすべすべしていないで、まるで鱗《うろこ》を重《かさ》ねたように、小さい鉄片らしいものに蔽《おお》われ、それが息をするようにピクピク動くと、それに月の光が当ってキラキラ閃《ひらめ》くのであった。その怪球はグルグルと、相当の速さで廻っていたが、その上に一つの漂《ただよ》う眼のようなものがあった。それは人間の目と同じに、思う方向へ動くのであった。例の薄赤い火光も、その眼のような穴から出ている光だったのである。
「何だろう。あれは機械なのだろうか。それとも生物なのだろうか」片唾《かたず》をのんでいた敬二少年は、思わずこう呟《つぶや》いた。全《まった》く得態《えたい》のしれない怪球であった。鋼鉄ばりらしく堅く見えるところは機械のようであり、そして蛇の腹のように息をするところは生物のようでもあった。
 さあ、この怪球は、機械か生物か、一体どっちなんだろう?


   二つの怪球


 怪球は、敬二少年の愕《おどろ》きを余所《よそ》に、ずんずん地面の土下から匍《は》いあがってきた。ビビビーン、ビビビーンという例の高い音が
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