は、それから間もなくのことだった。
――赤い眼をもった二つの大怪球と、東京ビルの崩壊とは、別々の異変なのであろうか。それともこの二つは同じ異変から出ているのであろうか。
翌日の朝刊新聞には、東京ビルの崩壊事件が三段ぬきの大記事となって、デカデカに書きたてられていた。
「深夜の怪奇! 東京ビルの崩壊! 解けないその原因!」という標題《ひょうだい》があるかと思うと、他の新聞にはまた、「科学的怪談! 蟹寺博士もついに匙《さじ》を投げる。人類科学力の敗北!」
などと、大々的な文字がならべてあった。
敬二少年は、東京ビルの崩れた前でその新聞を一つのこらず読みあさった。しかしその新聞記事のどこにも、例の二つの大怪球のことは出ていなかった。敬二少年は不思議でならなかった。なぜあのことを書かないのだろうか。
「オイ給仕、この騒ぎのなかで、新聞なんか読んでいちゃいけないじゃないか。そんな遑《ひま》があったら、壊れた壁を一つでも取りのけるがいい」
喧《やかま》し屋の支配人|足立《あだち》は、敬二少年を見つけて、名物の雷を一発おとした。
「ははッ――」と、敬二は鼠《ねずみ》のように逃げだしてビルの崩れた土塊《どかい》の上によじあがった。
「敬坊、てへッ、やられたじゃねえか。ふふふふッ」
「なんだ、ドン助か。こんなところにいたのか」
「ふふふふッ。さっきから、ここで働いているんだ。もう大分掘ったよ」そういったのは、同じ東京ビルのコックをしていたドン助こと永田純助《ながたじゅんすけ》という敬二の仲よしだった。彼はおそろしく身体の大きなデブちゃんであった。
「ずいぶんよく働くネ。いつものドン助みたいじゃないや」
「ふン、これは内緒だがナ、この真下《ました》に、おれの作っておいた別製の林檎《りんご》パイがあるんだ。腹が減ったから、そいつを掘り出して喰べようというわけだ。お前も手伝ってくれれば、一切れ呉《く》れてやるよ」
怪しき盗聴者
「泥まみれのパイなんか、僕は好きじゃないんだよ。ねえドン助さん。それよか、もっと重大なことがあるんだ」
「重大? 重大だなんて、心臓の弱いおれを愕《おどろ》かすなよ。重大てえのは何事だ」
「うん、それはネ――」と敬二少年は、昨夜この東京ビルの崩壊したことは新聞に書いてあるが、彼がそのすこし前に見た二つの大怪球のことについては、何も記事が出ていないのはなぜだろうと、昨夜の愕くべき光景をくわしくドン助に話をしたのだった。
「ははア、そういうことなら分ったよ。つまりそのグルグル鬼ごっこをする大怪球――どうも大怪球なんて云いにくい言葉だネ、○○獣《マルマルじゅう》といおうじゃないか。――その○○獣を見たのは、お前一人なんだ。新聞記者も知らないんだ。もちろん何とかいった髯博士《ひげはかせ》も知らないんだ。これはつまり特ダネ記事になるよ。特ダネは売れるんだ。よオし、おれに委《まか》せろよ。○○獣の特ダネを何処《どこ》かの新聞記者に売りつけて、お金儲《かねもう》けをしようや」
「特ダネて、そんなに売れるものかい」
「うん、きっと売って見せるよ」そういっているときだった。
「その特ダネ、ワタクシ、貫います。お金、たくさんあげます」と、突然二人のうしろに声がした。
ハッと敬二とドン助が顔をあげてみると、そこには見慣れない若い西洋人の女が立っていた。背はそれほど高くはないが、鳶色《とびいろ》の縮《ちぢ》れた毛髪をもち、顔は林檎のように赤く、そして男が着るような灰白色《かいはくしょく》のバーバリ・コートを着て頤《あご》を襟《えり》深く隠していた。そして眼には、大きな黒い眼鏡をかけ、いままで崩れた土塊をおこしていたらしく、右手には長い金属製の尖《とんが》り杖《づえ》をもっていた。
「えッ、あなたが買うんですか」
「買います。これだけお金、あげます。ではワタクシ買いましたよ。外《ほか》の人に話すこと、なりません。きっと話すことなりません」
そういって、ドン助の手に素早《すばや》く握《にぎ》らせた紙幣――掌《てのひら》をあけると、十円札が二枚入っていた。
「ほほう、二十円――」
「ドン助さん。これ偽《に》せ札《さつ》じゃないのかい」
ドン助は偽せ札と聞いて、天の方にすかしてみたが、やがてかぶりをふって、その一枚を敬二の懐中にねじこんだ。
怪しき黒眼鏡の外国婦人は何者だろう?
蟹寺博士は、この大秘密をうまく解くことができるだろうか。
それに○○獣は、今どこへ隠れてしまったんだろうか。そも○○獣とは何ものだろう。
また新聞記事
あの不思議な○○獣《マルマルじゅう》は、一体どこへいってしまったんだろう。
それからまた、硬いコンクリートや鉄の柱がはげしい音をたてて消えてゆくビルディングの奇病は、その後どうなっ
前へ
次へ
全12ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング