飽きてしまうのはわかりきった話である。わかっていながら、なにかそんな風のものがあるようにしきりと鐘太皷で囃し立てているチンドン屋のような商売に従事している人達は、生きるためには義理にもそれを繰り返さなければならないし、またみんな人間はだれでもそれを一方で喜んでいるのだ。イリュウジョンのまったくなくなってしまった世界は最早人間の生きていられない世の中で恐らく「月世界」の如きものになってしまうのであろう。
 自分のこれまでに筆や口にして来たことはすべてこの人生にケチをつけるようなことばかりで、いわば「亡びゆく道」を唱えているようなものだから初めから歓迎されようなどとは毫も考えてはいない。しかし自分はなにもわざとつむじ曲りに異説を唱えているわけではなく、昔から度々先人のくりかえしている極めて陣腐な説を自分流儀にくりかえしているだけの話で一向奇抜でも珍奇でもないのだ。この世は「火宅無常」で、人間のいったりしたりしていることは一ツとして的にはならず、みんなデタラメである。そうして、自分も勿論「煩悩具足」の一凡夫にしか過ぎない。だが自分はひたすらに阿弥陀如来の救済の本願にすがるばかりで、その他には所詮自分の生きる道はないというのが有名な親鸞上人の信仰の告白で、これも亦今迄に多くの人々によって幾度かくりかえされている。自分も幾度か「歎異抄」という書をくりかえして読んで、親鸞の説に傾倒しているのだが、いかんせん未だに親鸞のような絶大な信仰を獲得することが出来ないから、自分ではなさけないことだと考えているばかりで、どうかしてそのような「安心立命」を得たいものだとひそかに念じてはいるのである。しかし、たとえ阿弥陀如来の光明に接しないでも、自分の「運命」を忍受するだけの修業は出来ていると自分では考えている。敢えて「甘受」しているとはいわない。「甘受」ではなく、不平だらだらでイヤイヤながらかもしれないが、僕はそれを自分以外の人間のセイにはしない。若しくは人間の造っている社会組織といったようなもののセイにもしない。若し尻を持ってゆくなら、寧ろ僕はそれを阿弥陀如来のセイにでもしてやろうと考えている。自分のようなくだらん生物をこしらえている「生命」のバカサかげんを笑ってやりたいと思うのである。全体、なんだって自分のようなくだらんものをこしらえてナンセンスなことばかりさせているのだろう――しかし、それがイヤなら早くくたばってしまえ! といわれればグウの音も出さずに引きさがるより仕方がないのだ。なにしろサキは正体もなにもわからんバケ物のような「生命」の親玉で、活殺自在でまるで歯も立たなければ、いくらもがいてみたところでなんのてごたえもなく、唯、もうわれわれはその飜弄されるままに動いてるより他に道はないのだ。仕方がないから降参するのでそれを称して自分の運命を忍受するといっているのであるが、なにか別に名案があれば教えてもらいたいものである。
 まるまる生きてみたところでたいして長くもない人生なのだから、どうかして、平凡無事に無邪気にくらしたいものだと思う。が、今迄の経験によると中々そう簡単にはゆかない。こっちではそう思っていても向こうからやってくるのだから耐らない。戦争でも始まったらどんなことになるのか、自分だけすましているわけにはいかないだろう。だれもすき好んで気狂い病院などに入りたいと思う者はあるまい。しかし、ふとしたはずみで自分のように気が狂ったなら、それは当然の結果で、ドロボーをすれば刑務所に入れられると同じことである。ボオドレエル流にこの人生を一大瘋癲病院だとすれば、死ぬまではその患者として生きていなければならないわけである。そうして、生きている間はなにかしら絶えず酔ッ払っていなければ忽ちアンニュイのとりこになってしまうのである。凡そこの世の中でなにが[#底本「なにか」を「なにが」に訂正]羨ましいといって、自分の仕事に夢中になって没頭している人間ほど羨ましい者はない。自分には今それがまったくなくなっているからである。単に生存を持続するために惰性でその日を暮らしている程みじめな存在はあるまい。自分のような人間が上海にでもいるとすれば必ず阿片窟の住人になってしまっているに相違ない。嗚呼! なんとかして自分を蠱惑《みわく》するに足る対象がほしいものだ!「廃人」のくせに贅沢をいうな――と叱られるかもしれないが、人間は出来ればどんなにぜいたくをしても一向差支えないものだと私は思っている。しかし、ぜいたくは決して無限ではなくすぐと種切れになってしまうのが人生なのである。人間のぜいたくの極は結局「茶の湯」に還元されてしまうらしい。自分には今のところ場末の酒場でスベタ女給を相手に悪酒に泥酔する能力さえなくなってしまっているのである。ひるがえって飢餓に瀕している農村の人々を
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