して生長し、その人として死ねばそれでいいのである。「真人間」にも「超人」にも「犬」にも「仏」にもなる必要もなければ又他から「なれ」という命令を受けることも無用なのである。
 スチルネルはその生前に、彼自身の哲学をどの位まで実生活の上に体現していたかは今考えてみたところで、彼自身以外の、殊に後世の僕等にわかる筈のものではない。そして彼の哲学や、所謂彼の暗示している個人の自由な結合状態というようなものが、果してこの世で実現され得るか否かということも甚だ疑わしいことである。しかし彼の哲学によって人は各自の自我を意識することだけは出来る筈だ。少くとも僕にはそれが出来たと信じている。そして若しかくの如き自覚をもって集合した人々が相互にその自覚した立場を理解し得たら、或は彼の予想した「所有人」の最も自由な結合が出来ないとも限らない。つまり、相互の「わがまま」を認めて許し合う「結合」の状態である。そして、結合することによって相互に自分を利すると考える人々のみが集まればいいわけである。若しその必要を認めなければ、無理にその仲間に這入りこむ要はないのである。それを統治するなん等の権力もない混然たる個人の
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