いる。それがどの位な程度の雑種なのであるか、しかし、国も狭いし、随分長年の間他国ともあまり交際せず、相互の血液はかなりな程度まで濃厚に融合している筈であるから、自ずから別種の「国民性」が出来あがっているわけである。しかも、それが外国特に欧米の影響を苦もなく受け入れて、忽ちその思想や生活までかれ等の模倣をするに至ってはよほど独創性の缺如した「国民性」だと見える。自分は今日の十中八九までの日本の不幸な現状は所請欧米の文明を盲目滅法に模倣した結果だと考えている。今に至ってはとうてい挽回の道もなさそうだが、一応忠告だけはして置きたい。
 話が岐路に亙ったが、自分は一般の日本人のあまりに常識的なのを軽蔑したいのである。これには儒教(孔子の説に非ず)の影響が多分に底流[#底本の「低流」を「底流」に訂正]になっていることと思うが、英米の所謂ブルジョアジイの似非《えせ》偽善的な紳士道徳の影響もかなり混っていることであろう。一言にしていえば功利的でケチ臭く、俗悪にして下卑ている――このブルジョアジイから物質的な富を剥奪してしまうと逆にプロレタリアートが現われて来る。いずれも下等なマテリアリストで、所謂駱駝が針のメドを通るより、もっとむずかしい手合いである。
 人生――もっと広くいえば我々の目賭《もくと》する現象界はこのままでは到底解釈は不可能である。心霊界があると信ずる方が理窟に合っている。一概に空想とか迷信とかいうが、全然根拠のないものからはなにも生まれては来ない。普通の官能を標準にしてすべてを解釈することはまったく浅薄にしてとるに足りない。一滴の水の中に蠢動するアミーバにはアミーバの世界しかわからないと同様、人間を万物の霊長などと自惚れたら、もうなにもかもわからなくなってしまうであろう。
 元来、科学というものは現象界の法則や、作用を説明するものだが、それが一定不変であるとはどうしても信じられない。人間の知力の変化に伴ってどんな風になるか計り知られないのだ。だから絶対不動の真埋などは到底今のところでは考えられない。だから、自分はいつでも半信半疑だ。幽霊を見たという人は多分見たのだと自分は信じている。頭からそんな馬鹿なことはないなどとはいわない。極端にいえば我々の眼に映じている現象は全部錯覚であるかも知れないのだ。猫の見るアポロの像と、われわれの見るアポロの像とがまったく同一だとは到底信じられない。これは階級闘争の理窟にも応用出来る。僕は階級闘争などという生ぬるい説はきらいだ。闘争という方面から見れば男女はいうまでもなく生物の各自がみなそれぞれなん等かの意味で闘争しているのだ。生きているということは搾取《さくしゅ》していることである。唯その程度に千差万別のちがいがあるばかりだ。此処まで押し詰めると理窟はなくなってしまうらしい。
 心霊問題の研究が必要か否かというような質問はある意味で愚問だともいえる。必要でないといえば、みんな不必要だし、必要だといえば一つとして必要でないものはない。だからその方面に趣味をもってやりたい人は大いにやった方がいいと思う。学問は道楽で、茶や、麻雀をやるのと大差はない。生産、生産とうるさくいう人達がいるが、そんなことは始めから問題にもならん屁理窟である。しかし、若し人間がみんな労働をしないでも、安楽に生きてゆく方法さえあればそんなことはまことにどうでもいいことになってしまうのだ。遊んでなるべく楽をしたいという本能が人間にある間は、だがいくら朝から晩まで汗水を滴らして働け働けといったって無理な理窟である。そんなことを口でいう奴に限って、自分は一向働いていない連中が多い。
 ダダイズムという名称は今では既に黴が生えて場末の古道具屋の片隅に転がっている化物だが、自分のいわんと欲した意味は一般世間からは甚だしく誤解されたし、現に今でも依然として誤解されている。
 自分がダダといった意味は、自分のミクロコスモス的自覚に名づけた名称にすぎない。自分はコスモポリタンであるが故に、真の愛国者である。偶像破壊者であるが故に、デイストである。自分は出来るだけ融通無碍でありたいのだ。しかし、自分は限られている存在だから、決してアブソリュートではあり得ない。
 マルキシズムや唯物思想や、アメリカニズムや、大衆や、エログロや、その他一般に喧々|囂々《ごうごう》として附和雷同する街頭の流行論に附随して僕などが今更チンドン屋の旗持の一人になる必要は毫もない。自分は自分の「個」をあくまで掘って、自分でなければいえないようなことをいって見たいと欲している。読者は僕の支離滅裂な理論の矛盾に躓かないようにしてもらいたい。


底本:「辻潤著作集2 癡人の独語」オリオン出版社
   1970(昭和45)年1月30日初版発行
※表現のおかしい箇所は、「辻潤選
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