。
僕をU女学校に世話をしてくれたその時の五年を受け持っていたN君と僕とは、しかし彼女の天才的方面を認めてひそかに感服していたものであった。
もし僕が野枝さんに惚れたとしたら、彼女の文学的才能と彼女の野性的な美しさに牽きつけられたからであった。
恋愛は複雑微妙だから、それを方程式にして示すことは出来ないが、今考えると僕らのその時の恋愛はさ程ロマンティックなものでもなく、また純な自然なものでもなかったようだ。
それどころではなく僕はその頃、Y――のある酒屋の娘さんに惚れていたのだ。そしてその娘さんも僕にかなり惚れていた。僕はその人に手紙を書くことをこよなき喜びとしていた。至極江戸前女で、緋鹿の子の手柄をかけていいわた[#「いいわた」に傍点]に結った、黒エリをかけた下町ッ子のチャキチャキだった。鏡花の愛読者で、その人との恋の方が遙かにロマンティックなものだった。この人の話をしていると、野枝さんの方がお留守になるから、残念ながら割愛して他日の機会に譲るが、とにかく僕はその人とたしかに恋をしていたのだ。だから、僕はとうとうその人の手を握ることをさえしないで別れてしまった。僕はその人のこ
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