っている。だから満足に赤門式な教育を受けていたら今頃は至極ボンクラなプロフェッサアかなにかになっていたのかも知れない。だが、through thick and thin のお蔭で、そんな者にはならずにすんだのだ。そのかわりかなり我儘な人間に生きてきた。
 十九から私塾の教師に雇われて、二十に小学校の専科教師になって幾年か暮らしている間に、僕の青春は乾涸びかけてしまった。二十三や四でもう先の年功加俸だのなにかの計算をして暮らしているような馬鹿の仲間入りをしていたら、人間もたいていやりきれたものではない。いくらか気持ちののびのびした私立女学校へやってきたが、一年とは続かずとうとう野枝さんというはなはだ土臭い襟アカ娘のためにいわゆる生活を棒にふってしまったのだ。
 無謀といえば随分無謀な話だ。しかしこの辺がいい足の洗い時だと考えたのだ。それに僕はそれまでに一度も真剣な態度で恋愛などというものをやったことはなかったのだ。そうして自分の年齢を考えてみた。三十歳に手が届きそうになっていた。
 一切が意識的であった。愚劣で単調なケチケチした環境に永らく圧迫されて圧結していた感情が、時を得て一時に爆発
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