教頭のところへ預けることにきめたが、その時は校長初めみんなが僕らの間に既に関係が成立していたものと信じていたらしかった。そして、野枝さんの出奔はあらかじめ僕との合意の上でやったことのように考えているらしかった。
 国の親が捜索願いを出したり、婚約の男が怒って野枝さんを追いかけて上京するというようなことが伝えられた。
 一番神経を痛めたのは勿論校長で、もし僕があくまで野枝さんの味方になって尽す気なら、学校をやめてからやってもらいたいと早速切り出してきた。いかにももっとも千万なことだと思って早速学校をやめることにした。
 こう簡単にやッつけては味もソッケもないが、実のところ僕はこんなつまらぬ話はあまりやりたくないのだ。
 高々三十や四十の安月給をもらって貧弱な私立学校の教師をやっておふくろと妹とを養っていた僕は、学校をやめればスグと困るにはきまった話なのだ。僕はだがその頃もうつくづく教師がイヤだったのだ。僕はこれでも人生の苦労は少年時代からかなりやってきているのだ。十三、四の頃『徒然草』を愛読して既に厭世を志した程に僕の境遇はよくなかったのだ。僕の頭は由来、はなはだメタフィジカルに出来あが
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