ころに細い流を導いてある。その水は学校の門前をも流れて居る。そこへ行つて見ると、青い芝草が残つて、他の場所で見るよりは生々として居る。
 奈何いふ世界の中に是等の雑草が顔を出して、中には極く小さな蕾の支度をして居るか、それも君に聞いて貰ひたい。一月の二十七日あたりから三十一日を越え、二月の六日頃までは、殆んど寒さの絶頂に達した。山の上に住み慣れた私も、ある日は手の指の凍り縮むのを覚え、ある日は風邪のために発熱して、気候の激烈なるに驚かされる。降つた雪は北向きの屋根や庭に凍つて、連日溶くべき気色も無い………私は根太の下から土と共に持ち上つて来た霜柱の為に戸の閉らなくなつた古い部屋を見たことがある。北向きの屋根の軒先から垂下る氷柱は二尺、三尺に及ぶ。身を包んで屋外を歩いて居ると気息がかゝつて外套の襟の白くなるのを見る。斯ういふ中で元気の好いのは屋根の上を飛ぶ雀と雪の中をあさり歩く犬とのみだ。
 草木のことを言へば、福寿草を小鉢に植ゑて床の間に置いたところが、蕾の黄ばんで来る頃から寒さが強くなつて、暖い日は起き、寒い日は倒れ萎れる有様である。驚くべきは南天だ。花瓶の中の水は凍りつめて居るのに
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