す。書生を愛した豐田さんの家には幾人《いくたり》となく身を寄せた同郷の青年があつて、その一人々々の言つたこと爲したことが幼い私の上に働きかけたことや、あるひは豐田さんの家は一頃それらの人達の一小|倶樂部《クラブ》を見る趣を成して夜になると私も土藏の中の部屋に机を並べ、同じ洋燈《ランプ》の下に集り、話を聞き、一緒に勉強し、どうかすると制《おさ》へきれないほどの居眠りが出て年長《としうへ》の人達からよく惡戲されたことなど、御話したいと思ふことはいろ/\ある。私は自分の机の上――墨汁《すみ》やインキで汚れたり小刀で刳《ゑぐ》り削られたりした机の上の景色、そこに取出す繪、書籍、雜誌などのことを精《くは》しく御話して見たら、それだけでも自分の少年時代を引出すに十分だらうとは思ひます。私は貴女に年老いた漢學者のことを御話しましたらう。豐田さんの家の奧二階でしばらく暮したあの老夫婦のこと、私が英學を始めた時分のこと、それから私の十三の年に父は郷里の方で死にましたこと、その前に父から私に寄《よこ》した手紙の中には古い歌などを引合に出して寸時も忘れることの出來ないといふやうな濃情の溢れた言葉が書き連ねて
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