き易いやうな繪本を商ふ店もある。美しい表紙畫の草雙紙が數多《あまた》そこには並べてある。何がなしにその草雙紙が欲しく成つて、何度も/\其前を往つたり來たりして、終《しまひ》に混雜に紛れて一册|懷中《ふところ》に入れた少年がある――斯の少年が、自分だ。其時自分は捕まりさうにして、命がけで逃げた。草雙紙は置場所に困つて、溝《どぶ》の中へ裂いて捨てた。もし彼《あ》の時捕つたら、自分の生涯は奈何《どん》な風に成つて行つたらう……』
 左樣です。確かに斯ういふことも有りました。ナポレオンの傳記を讀んで感激の涙を流すといふことと、夜見世に並べてある草雙紙を懷中に入れるといふことと、それが私の少年時代には同時に起つて來たのです。私は自分の爲たことに恥ぢ恐れて、二度とそんな行ひはすまいと心に堅く誓ひました。
 斯ういふことを貴女に書き送るとは自分の愚かを表白するに當ります。けれども好いと思ふことでも惡いと思ふことでも、唯それだけでは私には漠然としたものでした。愚かな私は何事でも自分で行《や》つて見た上でなければ、眞實《ほんたう》にその意味を悟ることが出來ませんでした。
 銀座の夜見世と言へば、夜風の樂
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