した。
『小母の寢床はもう其時分から敷いて有つた。すこし小母が氣分の好い時には、池の金魚の見えるところへ人を集めて、病を慰める爲に花札《はな》を引いた。其時自分は雨だの日の出だのを畫いてある札を持つて見て、「青たん」とか「三光」とかいふことを始めて習つた。よく臺所の方では、小母の爲に牛肉のソップを製《こしら》へた。儉約な祖母《おばあ》さんはそのソップ渣《かす》へ味を附けて自分等にも食はせたが、終《しまひ》にはそのにほひが鼻へ着いて、誰も食ふ氣に成れなかつた。仕方が無いから、祖母さんはそれを乾して三時の茶といふと出した。そのソップを製へる爲に生の牛肉を細かく賽《さい》の目《め》に切つて、口の長い大きな徳利《とくり》へ入れる。是がまた一役で、氣の長いものでなければ勤まらなかつた。丁度奧の二階には、小父の親戚に當る年老いた漢學者が親子連で來て世話に成つて居て、結句牛肉の切り役は斯の温厚な白髮の老先生に※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つた。老先生が眼鏡を掛て、階下《した》で牛肉を切つて居る間は、奧の二階は閑寂《しん》として居る。そこには先生の書籍《ほん》が置並べてある。机の上
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