では其樣な風にしません。』
と私は餘計なことながら、郷里《くに》の方で母などが造つて居たのを思出して、母は小皿にちぎつた餅を宛行《あてが》つてその上で延ばすといふ話をしました。
お婆さんは成程とは思つたやうでしたが、
『えゝ、斯の子は――ほんとにベンカウなことを言ふ子だ。』
と叱るやうに言つて見せました。『ベンカウ』とは矢張私達の田舍で使ふ言葉で、まあ生意氣と言つたら近いかも知れませんが、すつかり意味の宛嵌《あては》まる東京言葉は一寸思ひ當りません。
私の學資は毎月極めて郷里《くに》から送つて寄《よこ》して呉れるといふ風には成つて居ませんでした。これには私は多少の不安を感じて居ました。すると、ある時のこと長兄の許から手紙が來て、金は纏めて豐田の小父さんの方へ送つたから買ひたい物があらば買へ、苦しい中でも貴樣達は東京へ出してあるのだから、その積りで勉強せよ、と言つて寄しました。幾度《いくたび》私はその手紙を繰返し讀んで見て、兄の言葉に勵まされたか知れません。丁度、故中村正直氏の書いたナポレオンの小傳が私の手に入りました。傳記らしい傳記で私が初めて讀んだのは恐らくその小册子です。中
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