うた》を歌ひました。そんな唄を歌つて居ることが奧へ知れようものなら、直に御目玉を頂戴するほど豐田さんの家では嚴しかつたものですから、それを主人に聞えないやうに、窓のところへ來ては歌ひましたのです。
 私は誘惑され易い年頃になりました。もし私に性來の臆病と、一種の自尊心とが無かつたら、早く私は少年らしい好奇心の捕虜《とりこ》と成つたかも知れません。で、私は下婢が傍へ來て樂しさうに歌ふみだらな流行唄などに耳を傾て、氣は浮々とさせることを感じながら、一方には左樣いふ女と碌に口も利かないほど彼等を憎み蔑視《さげす》むやうな心を持つて居ました。
 私がよく行く窓の外には種々雜多なものが通りました。一頃|流行《はや》つたパン屋が太鼓を叩いて來ますと、奧の方に居る小母さん達までその音を聞きつけて、往來の見える窓側の鐵の格子から眺めました。
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『パン屋のパン、
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木村屋のパン――』
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 風變りなパン屋夫婦の洋裝、太鼓や三味線の音などは人の氣を浮き立たせました。あのパン屋はもとは相應な官吏であつたとか、細君はそれ者《しや》の果だとか、ど
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