した。お霜婆は散々《さん/″\》國の方の話をして、豐田のお婆さんや姉さんから私達兄弟のことも聞取りました。御蔭で國への土産話が出來た、それを別れ際まで掻口説《かきくど》きました。他人の家で修業する身には、舊い出入の女も客だと思ひましたから、私はお霜婆の下駄を揃へて置きました。
『まあ、俺の履物まで直して下すつたさうな――』
 と言つて、お霜婆は私の方を見て、ホロリと涙を落しました。
 舊い馴染が歸つて行つた後で、お霜婆の話の中に、『俺が――俺が――』と言つたことは私の耳に殘りました。私の故郷では、目上の者に對しても、女でも『俺』です。
 斯の手紙の序《ついで》に、私は田舍言葉のことをこゝに書きつけませう。一概に田舍言葉と言ひますけれども、鄙びた言葉づかひが柔軟《やはらか》に働いて東京言葉では言ひ表はせないやうな微細な陰影《かげ》までも言ひ表はせるのが有ります。
 私の故郷の方の言葉では大きいといふことを三段に形容することが出來ます。それから助動詞などにも古い言葉の殘つたのが有つて、面白く、細く、しかも簡潔な働きをして居るのに氣がつくことが有ります。田舍言葉と言つても、粗野なばかりでは有
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