方へ歸つて行きました。しばらく忘れて居てめつたに平素《ふだん》思出さないやうなことが、しかも一部分だけ妙に私の頭腦《あたま》の中に光つて來ました。例へば、お牧がよく水汲みに行つた裏の深い井戸の中へ、ある夏の日のこと兄が手製のレモン水を罎詰にしまして、細引に釣して冷したことが有りました。私はそのレモン水の罎を思出しました。私は又、道さんだの問屋の子息だのと一緒に遊び※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つた村の裏河づたひの細道、清水の槽《ふね》、落雷のために裂けた高い杉の幹、それから樂しい爐邊の火に映るお文さんのお母さんの艶々とした頬邊《ほつぺた》などを遠く離れて居てしかもあり/\と見ることが出來ました。私は道さんへ宛てゝ少年らしい返事を出しました。その返事は道さんから父の方へ※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つたと見えて、父が私の書いた手紙を批評して寄したことが有りました。
 覺束ないながらも私が故郷へ文通するやうに成つてから、父は話をするやうに種々な事を手紙で知らせて來ました。ある時、私は父から受取つた手紙を讀んで行くうちに、若い嫂の懷姙といふことにブツカ
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