貴女に御話しましたが)、その私が鷲津の姉さんのやうな家庭の空氣の中に置かれて、種々な大人の淫蕩《みだら》を見たり聞いたりしながら、しかも少年らしい多くの誘惑から自分を護り得たといふのも、一つは斯の臆病からだと自分で思ひ當ることが有ります。
二番目の兄は鷲津の姉さんの傍に長く私を置くことを好みませんでした。そこで私は姉や兄達の懇意な豐田さんの家の方へ引取られて、豐田さんの監督の下に勉強することに成つたのです。丁度それは私が十一の年の秋頃でした。
貴女は十一二といふ年頃をお母さんの側で奈何《どん》な風に送つたでせうか。私は全く獨りで――母からも、姉からも離れて――早くから他人の中へ投げ出されたやうなものでした。それが私に取つての修業といふものでした。私はいかにせば、鷲津の姉さんのやうな性急で氣むづかしい人を喜ばすであらうかと、そんなことに心を碎きました。一旦|等閑《なほざり》にされた私は豐田さんの方へ引移つて、思はぬ深切と温い心とを見つけたのです。
豐田さんと言へば、姉が東京に居ました時分にはよく私も使に行きましたからそこの細君や隱居さんは全く知らない顏でもありませんでした。姉の家か
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