だシツカリして居りました。尤も私の覺えてからは腰は最早すこし曲つて居りましたが。一體、私は七人の姉弟《きやうだい》のうちで一番の末の弟で、私の直ぐ上が銀さん、それから上に二人姉があつたさうですが、斯の人達は幼少《ちひさ》くて亡くなりましたさうです。その上に兄が二人あつて、一人は母の生家《さと》の方へ養子に參りました。一番|年長《うへ》が姉です。姉は私がまだ極く幼少い時に嫁に行きましたから、殆んど吾家《うち》に居たことは覺えません。長兄の結婚は漸く私が物心づく頃でした。嫂《あによめ》を迎へてから、爐邊は一層賑かで、食事の度に集つて見ると可成大きな家族でした。その頃から私は祖母に隨いて、毎晩隱居所の方へ泊りに行くやうに成りました。そこは井戸に近い二階建の離れ家で、階下《した》は物置やら味噌藏やらに成つて居ました。暗いところを行くのですから、私は祖母と一緒に提灯つけて通ひました。
 私の家では、生活《くらし》に要る物は大概は手造りにしました。野菜を貯へ、果實《このみ》を貯へることなどは、殆んど年中行事のやうに成つて居ました。母は若い嫂を相手にして、小梨の汁などで糸をよく染めました。茶も家で造
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