まらせたが、せめ三郎だけをやって、飯田橋《いいだばし》の停車場まで見送らせることにした。
やがて、そこいらはすっかり暗くなった。まだ宵《よい》の口から、家の周囲はひっそりとしてきて、坂の下を通る人の足音もすくない。都会に住むとも思えないほどの静かさだ。気の早い次郎は出発の時を待ちかねて、住み慣れた家の周囲を一回りして帰って来たくらいだ。
「行ってまいります。」
茶の間の古い時計が九時を打つころに、私たちはその声を聞いた。植木坂の上には次郎の荷物を積んだ車が先に動いて行った。いつのまにか次郎も家の外の路地《ろじ》を踏む靴《くつ》の音をさせて、静かに私たちから離れて行った。
底本:「嵐 他二編」岩波文庫、岩波書店
1956(昭和31)年3月26日第1刷発行
1969(昭和44)年9月16日第13刷改版発行
1974(昭和49)年12月20日第18刷発行
入力:紅邪鬼
校正:林幸雄
2001年1月15日公開
2001年1月16日修正
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