人であるからであった。
「とうさんは知らないんだ――僕らの時代のことはとうさんにはわからないんだ。」
訴えるようなこの子の目は、何よりも雄弁にそれを語った。私もまんざら、こうした子供の気持ちがわからないでもない。よりすぐれたものとなるためには、自分らから子供を叛《そむ》かせたい――それくらいのことは考えない私でもない。それにしても、少年らしい不満でさんざん子供から苦しめられた私は、今度はまた新しいもので責められるようになるのかと思った。
末子も目に見えてちがって来た、堅肥《かたぶと》りのした体格から顔つきまで、この娘はだんだんみんなの母親に似て来た。上《うえ》は男の子供ばかりの殺風景な私の家にあっては、この娘が茶の間の壁のところに小乾《さぼ》す着物の類も目につくようになった。それほど私の家には女らしいものも少なかった。
今の住居《すまい》の庭は狭くて、私が猫《ねこ》の額《ひたい》にたとえるほどしかないが、それでも薔薇《ばら》や山茶花《さざんか》は毎年のように花が絶えない。花の好きな末子は茶の間から庭へ降りて、わずかばかりの植木を見に行くことにも学校通いの余暇を慰めた。今の住居《
前へ
次へ
全82ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング