人であるからであった。
 「とうさんは知らないんだ――僕らの時代のことはとうさんにはわからないんだ。」
 訴えるようなこの子の目は、何よりも雄弁にそれを語った。私もまんざら、こうした子供の気持ちがわからないでもない。よりすぐれたものとなるためには、自分らから子供を叛《そむ》かせたい――それくらいのことは考えない私でもない。それにしても、少年らしい不満でさんざん子供から苦しめられた私は、今度はまた新しいもので責められるようになるのかと思った。
 末子も目に見えてちがって来た、堅肥《かたぶと》りのした体格から顔つきまで、この娘はだんだんみんなの母親に似て来た。上《うえ》は男の子供ばかりの殺風景な私の家にあっては、この娘が茶の間の壁のところに小乾《さぼ》す着物の類も目につくようになった。それほど私の家には女らしいものも少なかった。
 今の住居《すまい》の庭は狭くて、私が猫《ねこ》の額《ひたい》にたとえるほどしかないが、それでも薔薇《ばら》や山茶花《さざんか》は毎年のように花が絶えない。花の好きな末子は茶の間から庭へ降りて、わずかばかりの植木を見に行くことにも学校通いの余暇を慰めた。今の住居《
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