思った。それほど僕もうまくなったかなあと思った。ところがねえ、本物の鶯が僕に調子を合わせていると思ったのは、大間違いサ。それが隣の家に泊まっている大学生サ。」
何かしら常に不満で、常にひとりぼっちで、自分のことしか考えないような顔つきをしている三郎が、そんな鶯《うぐいす》のまねなぞを思いついて、寂しい少年の日をわずかに慰めているのか。そう思うと、私はこの子供を笑えなかった。
「かあさんさえ達者《たっしゃ》でいたら、こんな思いを子供にさせなくとも済んだのだ。もっと子供も自然に育つのだ。」
と、私も考えずにはいられなかった。
私が地下室にたとえてみた自分の部屋《へや》の障子へは、町の響きが遠く伝わって来た。私はそれを植木坂の上のほうにも、浅い谷一つ隔てた狸穴《まみあな》の坂のほうにも聞きつけた。私たちの住む家は西側の塀《へい》を境に、ある邸《やしき》つづきの抜け道に接していて、小高い石垣《いしがき》の上を通る人の足音や、いろいろな物売りの声がそこにも起こった。どこの石垣のすみで鳴くとも知れないような、ほそぼそとした地虫《じむし》の声も耳にはいる。私は庭に向いた四畳半の縁先へ鋏《はさ
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