た。
私はひとりで、例の地下室のような四畳半の窓へ近く行った。そこいらはもうすっかり青葉の世界だった。私は両方の拳《こぶし》を堅く握りしめ、それをうんと高く延ばし、大きなあくびを一つした。
「大都市は墓地です。人間はそこには生活していないのです。」
これは日ごろ私の胸を往《い》ったり来たりする、あるすぐれた芸術家の言葉だ。あの子供らのよく遊びに行った島津山《しまづやま》の上から、芝麻布《しばあざぶ》方面に連なり続く人家の屋根を望んだ時のかつての自分の心持ちをも思い合わせ、私はそういう自分自身の立つ位置さえもが――あの芸術家の言い草ではないが、いつのまにか墓地のような気のして来たことを胸に浮かべてみた。過ぐる七年のさびしい嵐《あらし》は、それほど私の生活を行き詰まったものとした。
私が見直そうと思って来たのも、その墓地だ。そして、その墓地から起き上がる時が、どうやら、自分のようなものにもやって来たかのように思われた。その時になって見ると、「父は父、子は子」でなく、「自分は自分、子供は子供ら」でもなく、ほんとうに「私たち」への道が見えはじめた。
夕日が二階の部屋《へや》に満ちて来た。階下にある四畳半や茶の間はもう薄暗い。次郎の出発にはまだ間があったが、まとめた荷物は二階から玄関のところへ運んであった。
「さあ、これだ、これが僕の持って行く一番のおみやげだ。」
と、次郎は言って、すっかり荷ごしらえのできた時計をあちこちと持ち回った。
「どれ、わたしにも持たせてみて。」
と、末子は兄のそばへ寄って言った。
遠い山地も、にわかに私たちには近くなった。この新しい柱時計が四方木屋《よもぎや》の炉ばたにかかって音のする日を想《おも》いみるだけでも、楽しかった。日ごろ私が矛盾のように自分の行為を考えたことも、今はその矛盾が矛盾でないような時も来た。子のために建てたあの永住の家と、旅にも等しい自分の仮の借家ずまいの間には、虹《にじ》のような橋がかかったように思われて来た。
「次郎ちゃん、停車場まで送りましょう。末子さんもわたしと一緒にいらっしゃいね。」
と、お徳が言い出した。
「僕も送って行くよ。」
と、三郎も言った。すると、次郎は首を振って、
「だれも来ちゃいけない。今度はだれにも送ってもらわない。」
それが次郎の望みらしかった。私は末子やお徳を思いと
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