ぎるかね。」
 「そんなことをとうさんに相談したって困るよ。とうさんは、お前、素人《しろうと》じゃないか。」
 その日は私はわざと素気《すげ》ない返事をした。これが平素なら、私は子供と一緒になって、なんとか言ってみるところだ。それほど実は私も画が好きだ。しかし私は自分の畠《はたけ》にもない素人評《しろうとひょう》が実際子供の励ましになるのかどうか、それにすら迷った。ともあれ、次郎の言うことには、たよろうとするあわれさがあった。
 次郎の作った画《え》を前に置いて、私は自分の内に深く突き入った。そこにわが子を見た。なんとなく次郎の求めているような素朴《そぼく》さは、私自身の求めているものでもある。最後からでも歩いて行こうとしているような、ゆっくりとおそい次郎の歩みは、私自身の踏もうとしている道でもある。三郎はまた三郎で、画面の上に物の奥行きなぞを無視し、明快に明快にと進んで行っているほうで、きのう自分の描《か》いたものをきょうは旧《ふる》いとするほどの変わり方だが、あの子のように新しいものを求めて熱狂するような心もまた私自身の内に潜んでいないでもない。父の矛盾は覿面《てきめん》に子に来た。兄弟であって、同時に競争者――それは二人《ふたり》の子供に取って避けがたいことのように見えた。なるべく思い思いの道を取らせたい。その意味から言っても、私は二人の子供を引き離したかった。
 「次郎ちゃん、おもしろい話があるんだが、お前はそれを聞いてくれるか。」
 そんなことから切り出して、私はそれまで言い出さずにいた田舎《いなか》行きの話を次郎の前に持ち出してみた。
 「半農半画家の生活もおもしろいじゃないか。」と、私は言った。「午前は自分の画《え》をかいて、午後から太郎さんの仕事を助けたってもいいじゃないか。田舎で教員しながら画《え》をかくなんて人もあるが、ほんとうに百姓しながらやるという画家は少ない。そこまで腰を据《す》えてかかってごらん、一家を成せるかもしれない。まあ、二三年は旅だと思って出かけて行ってみてはどうだね。」
 日ごろ田舎《いなか》の好きな次郎ででもなかったら、私もこんなことを勧めはしなかった。
 「できるだけとうさんも、お前を助けるよ。」と、また私は言った。「そのかわり、太郎さんと二人で働くんだぜ。」
 「僕もよく考えてみよう。こうして東京にぐずぐずしていたってもし
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