風呂場《ふろば》を造るほどはかどったことを知った。なんとなく鑿《のみ》や槌《つち》の音の聞こえて来るような気もした。こんなに私にも気分のいい日が続いて行くようであったら、おりを見て、あの新しい家を見に行きたいと思う心が動いた。
長いこと私は友だちも訪《たず》ねない。日がな一日|寂寞《せきばく》に閉ざされる思いをして部屋《へや》の黄色い壁も慰みの一つにながめ暮らすようなことは、私に取ってきょうに始まったことでもない。母親のない幼い子供らをひかえるようになってから、三年もたつうちに、私はすでに同じ思いに行き詰まってしまった。しかし、そのころの私はまだ四十二の男の厄年《やくどし》を迎えたばかりだった。重い病も、老年の孤独というものも知らなかった。このまますわってしまうのかと思うような、そんな恐ろしさはもとより知らなかった。「みんな、そうですよ。子供が大きくなる時分には、わがからだがきかなくなりますよ。」と、私に言ってみせたある婆《ばあ》さんもある。あんな言葉を思い出して見るのも堪《た》えがたかった。
「とうさん、どこへ行くの。」
ちょっと私が屋外《そと》へ出るにも、そう言って声を掛けるのが次郎の癖だ。植木坂の下あたりには、きまりでそのへんの門のわきに立ち話する次郎の旧《ふる》い遊び友だちを見いだす。ある若者は青山師範へ。ある若者は海軍兵学校へ。七年の月日は私の子供を変えたばかりでなく、子供の友だちをも変えた。
居住者として町をながめるのもその春かぎりだろうか、そんな心持ちで私は鼠坂《ねずみざか》のほうへと歩いた。毎年のように椿《つばき》の花をつける静かな坂道がそこにある。そこにはもう春がやって来ているようにも見える。
私の足はあまり遠くへ向かわなかった。病気以来、ことにそうなった。何か特別の用事でもないかぎり、私は樹木の多いこの町の界隈《かいわい》を歩き回るだけに満足した。そして、散歩の途中でも家のことが気にかかって来るのが私の癖のようになってしまった。「とうさん、僕たちが留守居するよ。」と、次郎なぞが言ってくれる日を迎えても、ただただ私の足は家の周囲を回りに回った。あらゆる嵐《あらし》から自分の子供を護《まも》ろうとした七年前と同じように。
「旦那《だんな》さん。もうお帰りですか。」
と言って、下女のお徳がこの私を玄関のところに迎えた。お徳の白い割烹着《
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