っていないことを半蔵にもお民にも告げた。その時は裏の隠居所から食事に通うおまんもまだ囲炉裏ばたに話し込んでいた。見ると、お粂がいない。それから家のものが騒ぎ出して、半蔵と佐吉とは提灯《ちょうちん》つけながら土蔵の方へ急いだ。おまんも、お民もそのあとに続いた。暗い土蔵の二階、二つ並べた古い長持のそばに倒れていたのは他のものでもなかった。自害を企てた娘お粂がそこに見いだされた。
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第十章
一
青山の家に起こった悲劇は狭い馬籠《まごめ》の町内へ知れ渡らずにはいなかった。馬籠は飲用水に乏しい土地柄であるが、そのかわり、奥山の方にはこうした山地でなければ得られないような、たまやかな水がわく。樋《とい》を通して呼んである水は共同の水槽《すいそう》のところでくめる。そこにあふれる山の泉のすずしさ。深い掘り井戸でも家に持たないかぎりのものは、女でも天秤棒《てんびんぼう》を肩にかけ、手桶《ておけ》をかついで、そこから水を運ばねばならぬ。南側の町裏に当たる崖下《がけした》の位置に、静かな細道に添い、杉《すぎ》や榎《えのき》の木の影を落としているあたりは、水くみの女
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