いう半蔵が同門の友人仲間でも、香蔵は病み、景蔵は隠れた。これには彼も腕を組んでしまった。
六
王政第六の秋立つころを迎えながら、山里へは新時代の来ることもおそい。いよいよ享保《きょうほう》以前への復古もむなしく、木曾川上流の沿岸から奥地へかけての多数の住民は山にもたよれなかった。山林規則の何たるをわきまえないものが窮迫のあまり、官有林にはいって、盗伐の罪を犯し処刑をこうむるものは増すばかり。そのたびに徴せらるる贖罪《しょくざい》の金だけでも谷中ではすくなからぬ高に上ろうとのうわささえある。
世は革新の声で満たされている中で、半蔵が踏み出して見た世界の実際すらこのとおり薄暗い。まして娘お粂なぞの住んでいるところは、長いこと彼女らのこもり暮らして来た深い窓の下だ。そこにある空気はまだ重かった。
こころみに、十五代将軍としての徳川慶喜《とくがわよしのぶ》が置き土産《みやげ》とも言うべき改革の結果がこの街道にもあらわれて来る前までは、女は手形なしに関所も通れなかった時代のあったことを想像して見るがいい。従来、「出女《でおんな》、入り鉄砲」などと言われ、女の旅は関所関所で
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