の草堂の詩を読もうか、秋興八首を読もうかと言いながら、しきりにあれかこれかと繰りひろげていた。
「ある。ある。」
 その時、正香は行燈《あんどん》の方へすこし身を寄せ、一語一句にもゆっくりと心をこめて、杜詩の一つを静かに声を出して読んだ。
[#ここから2字下げ]
※[#「糸+丸」、第3水準1−89−90]袴不[#二]餓死[#一]、儒冠多誤[#レ]身
丈人試静聴、賤子請具陳
甫昔少年日、早充[#二]観国賓[#一]
読[#レ]書破[#二]万巻[#一]、 下[#レ]筆如[#レ]有[#レ]神
賦料[#二]楊雄敵[#一]、詩看[#二]子建親[#一]
李※[#「巛/邑」、第3水準1−92−59]求[#レ]識[#レ]面、王翰願[#レ]卜[#レ]隣
自謂頗挺出、立登[#二]要路津[#一]
致[#二]君堯舜上[#一]、再使[#二]風俗淳[#一]
此意竟蕭条、……………
[#ここで字下げ終わり]
 そこまで読みかけると、正香はその先を読めなかった。「この意《こころ》、竟《つい》に蕭条《しょうじょう》」というくだりを繰り返し半蔵に読み聞かせるうちに、熱い涙がその男らしい頬《ほお》を伝って止め度もなく流れ落ち
前へ 次へ
全489ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング