。そこは板敷きになった階上で、おまんの古い長持《ながもち》や、お民が妻籠から持って来た長持なぞの中央に置き並べてあるところだ。何十年もかかって半蔵の集めた和漢の蔵書も壁によせて積み重ねてあるところだ。その時、お民は諸方の旧家に始まっている売り立てのうわさに結びつけて、そんな隠れたところに夫が弱味をのぞいて見た時は、胸が迫った。
二
土蔵の建物と裏二階の隠居所とは井戸の方へ通う細道一つへだてて、目と鼻の間にある。お民はその足で裏二階の方に姑を見に行った。娘を伊那へ送り出すまで、何かにつけてお民が相談相手と頼んでいるのは、おまんのほかになかったからで。
「お母《っか》さん。」
と声をかけると、ちょうどおまんは小用でも達《た》しに立って行った時と見えて、日ごろ姑がかわいがっている毛並みの白い猫《ねこ》だけが麻の座蒲団《ざぶとん》の上に背を円《まる》くして、うずくまっていた。二間を仕切る二階の部屋《へや》の襖《ふすま》も取りはずしてあるころで、すべて吉左衛門が隠居時代の形見らしく、そっくり形も崩《くず》さずに住みなしてある。そこいらには、針仕事の好きな姑が孫娘のために縫い
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