りに、青山の家としては来たる九月のうちを選んだのもそのためであった。さて、その日取りも次第に近づいて見ると、三十三か村の人民総代として半蔵らが寝食も忘れるばかりに周旋奔走した山林事件は意外にもつれた形のものとなって行った。
 もとより、福島支庁から言い渡された半蔵の戸長免職はきびしい督責を意味する。彼が旧|庄屋《しょうや》(戸長はその改称)としての生涯《しょうがい》もその時を終わりとする。彼も御一新の成就《じょうじゅ》ということを心がけて、せめてこういう時の役に立ちたいと願ったばっかりに、その職を失わねばならなかった。親代々から一村の長として、百姓どもへ伝達の事件をはじめ、平生|種々《さまざま》な村方の世話|駈引《かけひき》等を励んで来たその役目もすでに過去のものとなった。今は学事掛りとしての仕事だけが彼の手に残った。彼の継母や妻にとっても、これは思いがけない山林事件の結果である。娘お粂が結婚の日取りの近づいて来たのは、この青山一家に旧《ふる》い背景の消えて行く際だ。


 仲人《なこうど》参上の節は供|一人《ひとり》、右へ御料理がましいことは御無用に願いたし。もっとも、神酒《みき》、
前へ 次へ
全489ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング